「読経で健康」プログラムが国際論文に
東京都健康長寿医療センター研究所と大正大学地域構想研究所の共同研究から生まれた「読経で健康」プログラムについては、2025年11月に髙瀨顕功先生が詳しくレポートしてくださっていますが(https://chikouken.org/report/report_cat06/17737/)、この研究成果をまとめた学術論文(筆頭著者はプロジェクトリーダーの枝広あや子先生)がGeriatrics & Gerontology Internationalという国際的な老年医学雑誌に掲載されることになりました。習慣的な読経が精神的健康、呼吸機能、嚥下機能にプラス効果がある可能性を全世界に発表することになり、大きな画期となることが期待されます。
社会的処方としての寺院活動
そして、「読経で健康」プログラムが大きな進展を見せつつあります。長寿科学振興財団による令和8年度助成「長生きを喜べる長寿社会実現研究支援」に私たちが関わる「社会的処方に対応できる伝統宗教施設(寺社・教会等の協力による長寿社会実現のための地域支援研究)」(研究リーダー:枝広あや子先生)が採択をされました。以下、簡単に研究趣旨をご説明します。
現代の日本社会は、超高齢化に伴うケアニーズの増加、少子化によるケア人材の不足、施設・病院中心から地域中心へのケアの移行、個人の価値観や嗜好を尊重したケアへの要請、さらには社会保障費の増大に伴う資源不足など、多くの課題に直面しています。今後、長寿社会を維持していくためには、公的サービスだけではなく、地域社会に既に存在する多様な資源を活用した新たな支援体制の構築が求められていると言えます。
本研究プロジェクトは、そのような社会的課題に対し、寺院をはじめとする伝統宗教施設に着目しました。寺院は全国に約7万か所存在し、僧侶の数は30万以上にのぼります。また、伝統宗教の各組織は教育機関や人材育成システムを有しています。さらに、多くの寺院には住職が常駐しており、古来より人々の老病死に寄り添いながら地域社会の一員として信頼を築いてきました。このような既存の社会資源に新たな価値を見出し、健康長寿社会の実現に活用する可能性を探ることが本研究の目的です。
近年、宗教施設による社会貢献活動への住民の期待や宗教者自身の社会参加への意欲は高まりつつあります。特に東日本大震災以降、臨床宗教師の活動が発展し、病院や被災地など公共空間におけるケアの担い手として一定の評価を得ています。寺院を檀信徒だけのものとするのではなく、広く地域に開かれた資源として活用しようという考え方も一定の理解を得られているように感じます。
こうした背景を踏まえ、本研究では、すでに実装と成果の実証も進んでいる①「読経で健康プログラム」、②「寺院での介護者カフェ」のさらなる普及・展開を進めようと考えています。①については先述の通り、読経を仲間と唱えることが、口腔機能や呼吸機能の維持向上に寄与し、誤嚥性肺炎の予防にもつながる可能性が示されていますし、集うことによる精神的健康の向上も期待されます。②の介護者カフェは、孤立や孤独のリスクが高いと指摘される介護者が集い、苦労や悩みを吐露し、情報を共有するピアサポートの場です。浄土宗では数年前から宗派の事業として全国の寺院に介護者カフェの開催を促しており、現在約30の寺院で介護者カフェが開催されています。
本研究が目指すのは、高齢者や介護者が老病死に関する不安や苦しさを抱えたとき、寺院を訪れ、僧侶や地域住民と共に活動することで心身の健康を維持し、孤立を防ぐことのできる社会の実現です。その際に忘れてはならないことの一つは、宗教活動と社会貢献活動を適切に区別し、布教・伝道・教化を目的としないことを明確にする制度設計でしょう。利用者が「檀家になることを求められるのではないか」「信仰を強制されるのではないか」といった不安を抱かずに参加できる仕組みを整えることが不可欠であり、そのためには宗教界と学術界、さらには行政との合意形成が求められます。もちろん、寺院の本来の宗教施設としての機能も大事にしつつ、こうした点にも配慮しながら、社会への普及を目指していきます。
将来的には、寺院が地域包括支援センターや医療・福祉機関の連携先として機能し、地域づくりや権利擁護、孤立予防の拠点となることが期待されます。本研究は、伝統宗教施設の持つ社会資源としての潜在力を再評価し、日本社会における新たなセーフティネットの構築に寄与するものになるはずです。みなさまのご理解、ご支援をお願いいたします。


