人口問題についての認識の変化

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
小峰 隆夫

このレポートでは、何度もスマートシュリンクについて論じてきた。そのせいだというわけではないが、このところ各方面でしばしば「スマートシュリンク(賢く縮む)」という言葉を目にするようになった。市町村長、県知事レベルでも、スマートシュリンクを前面に掲げて行政を進める例も出てきている。こうした動きを見ながら「国のレベルではまだまだだな」と思っていたのだが、どうやら国レベルでもスマートシュリンク的な考え方が浸透してきたようだ。
そう思ったきっかけは、経済財政諮問会議が、6月末に公表した「経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる骨太方針)」の原案だ。この中に次のような一文がある。「人口減少下においても我が国の成長力と国民の安心が確保されるよう、少子化傾向の反転と人口減少に対応した社会経済の再構築の両面にわたる対策を推進する。‥このため、‥2026年末を目途に一貫した総合的な戦略(「人口総合戦略(仮称)」)を策定すべく検討を進める」
これを見て私は「これは面白いことになったな」と思った。まず、「人口減少下においても我が国の成長力と国民の安心が確保されるよう」という問題意識は、スマートシュリンクの発想そのものだ。また、原案にある「少子化傾向の反転」を目指すというのは「抑制政策」であり、「人口減少に対応した社会経済の再構築」というのは「適応戦略」だから、この原案は、「これからは抑制政策と適応政策を共に講じていく」と言っているわけである。これも、我々がスマートシュリンク論の中で議論してきたことである。そしてそれを年末には人口総合戦略としてまとめるというのだ。どんなものが出てくるか、大いに楽しみである。
こうして国レベルでもスマートシュリンクが前面に出てきたということは、日本の人口政策の大きな転機ではないかと思われる。そこで、日本がどのように人口変化を認識してきたかを、時代に分けて整理してみると、次のようになるのではないか。
第1期は1990年頃までで、高齢化を人口問題の中心として考えていた時代だ。当時はそもそも「少子化」という言葉そのものがほとんど存在しなかった。私は、日経テレコンを使って「少子化」という言葉を検索してみたことがあるのだが、1983~91年の間でヒットしたのはたったの6件だった。ヒット数は92年から増え始め、92年が18件、93年が47件、94年が142件となった。「少子化」と言う言葉は92年から本格的に使い始められた言葉なのである。
当時、出生率が低下しつつあることは誰もが知っていたのだが、これは一時的なものであり、やがて回復するだろうと考えられていた。その理由としては、①第2次ベビーブーム(1970年代前半世代)の女子が出産適齢期を迎えること、②大学・短大等の進学率の頭打ちにより、初婚年齢の遅れは止まること、③我が国の家族観は、少子化が進んでいるヨーロッパ諸国とは異なることなどが指摘されていた。しかしこれらの希望的観測はことごとく裏切られ、日本は少子化、人口減少の道を急スピードで進んでいくことになる。
第2期は、1990年以降、「人口減少」「少子化」が人口問題の中心的課題となっていった時代である。その大きなきっかけになったのが「1.57ショック」である。すなわち、1989年の出生率が1.57となったのだが、これは1966年に丙午(ひのえうま)の迷信のせいで大きく低下した出生率をさらに下回るものだったので、社会に大きな衝撃を与えたのだ。
これが一つのきっかけとなって、1994年には初めての総合的少子化対策である「エンゼルプラン」が策定された。当時は、仕事と育児の両立が難しいことが少子化の原因だと考えられていたので、この時の少子化対策は、保育サービスの充実に重点を置いたものとなった。1999年には「新エンゼルプラン」が策定され、保育サービスの量的拡充がさらに進められた。
第3期は、2002年以降、少子化対策が、法律的・制度的にも、カバーする範囲の拡大という点でも、予算規模という点でも拡大していった時代である。
法律的には、2003年に「少子化社会対策基本法」「次世代育成支援対策推進法」が制定され、2020年には「少子化社会対策大綱」が閣議決定された。2023年には、こども政策を一元的に担う「こども家庭庁」が発足している。
対策の範囲も広がっていった。出生率がさらに低下し続けていったことから、対策の中身も、それまでの保育中心から、働き方の改革、ワークライフバランスの確保、児童手当の拡充、教育費負担軽減、若い世代への経済支援へと広がっていった。
予算面でも、2023年に策定された「異次元の少子化対策」では、年間3.6兆円の予算が確保されることとなった。
こうして少子化対策がどんどん拡充していったのは、「対策を充実させていけば、少子化、人口減少はストップする」という期待が存在したからである。政府は、2014年の骨太方針で「人口1億人」を目標として掲げたが、これは「2040年頃までに出生率を2.07(人口の置換水準)まで引き上げる」という目標を掲げたのと同じことである。家族関係支出を拡充して、出生率が2に近づいた国(フランスやスウェーデン)の存在も、日本のお手本となった。
そして、私は、2025~26年、すなわち現在が第4期の出発点に位置しているのではないかと考え始めている。これは言うまでもなく「スマートシュリンク(賢く縮む)」の時代である。この時代の人口認識は第3期までとはかなり異なる。
まず、人口減少がいつかは止まるという幻想は持たない。出生率は最新の2025年のデータでは1.14まで低下している。出生率が多少上昇しても、子供を産む母体としての女性の出産適齢期人口が減少しているので、出生数は増えない。仮に出生数が増えても、高齢化で死者数のレベルが高いので、人口は増えないのである。ちなみに、お手本だったはずのフランスやスウェーデンの出生率も、近年では2を下回っている。
少子化対策が必要であることは当然だが、今後は、しゃにむに歳出を増やすのではなく、現実的な目標の下で、効果を見極めながら進められていくことになるだろう。
我々が熱心に唱えているスマートシュリンク論は、案外、時代の大きな時代の転機を象徴しているのかもしれない。

2026.07.15