本州初のトキ放鳥を迎える羽咋市民の住民意識を探る

著者
大正大学 地域創生学部 公共政策学科 教授
本田 裕子

2026年5月31日、石川県羽咋市内で本州初となるトキ(Nipponia nippon)の放鳥が行われる。トキといえば、新潟県佐渡市のイメージのある読者もいるだろう。しかし明治時代以前、トキは各地で生息していたとの記録も残っている。今回放鳥が予定されている石川県の能登半島には1970年まで生息しており、1981年の野生下絶滅前における本州最後の生息エリアであった。
佐渡市内での放鳥は2008年にはじめて行われて以降、これまで32回実施されてきた。生息数は473羽(2025年12月末時点、環境省推計)とされるが、その大半が佐渡市内(佐渡島)にとどまっている。鳥インフルエンザ等の感染症のリスクもふまえれば、佐渡市内だけでなく、佐渡市以外に広く分散して生息し、繁殖していくことが望ましい。環境省が策定した『トキ野生復帰ロードマップ2025』では、本州等でも2025年までに「トキの生息に適した環境の保全・再生や社会環境整備の取組を進める」という目標を掲げ、また2030年~2035年頃には本州等でもトキの定着・繁殖を目指す、としている。本年に実施される羽咋市内での放鳥はまさにこの一環である。
トキは里山を生息環境とするので、野生復帰の取り組みは里山と呼ばれる人が手を加えた自然環境、すなわち人の生活エリアで実施されることになる。それゆえ野生復帰の取り組みを持続的に展開する上で、地域住民の理解と協力を得ることは必須であり、併せて地域住民と対象生物との関係についての将来像を考え、示していくことも必要といえる。
そこで、私は羽咋市の協力を得て、2026年1月下旬から2月にかけて羽咋市民を対象としたアンケート調査を実施した。今回、その調査結果(有効回収数540通)の一部を紹介し、本州初の放鳥を迎える羽咋市において、市民は今回の放鳥に対してどのような意識や期待、あるいは不安を抱いているのかを報告したい。なお、地域構想研究所が開催する「水曜研究会」(5月27日)でもこの調査結果を報告する予定である。
まず、羽咋市内で予定される野生復帰への賛否について、「おおいに賛成」および「どちらかといえば賛成」と回答した「賛成」割合は合わせて77.2%に達した。かつて私が2008年に佐渡市で放鳥前段階に実施した同様の調査結果(「賛成」割合60.0%)と比較すると、放鳥前段階での社会的受容は高い水準にあることが確認された。野生復帰への期待の有無では、「期待あり」(72.9%)が多数を占め、期待の内容は「自然環境の復元(54.2%)」に回答が集中していた。
しかし、野生復帰に対する心配の具体的内容(複数回答)に目を向けると、「野生に帰すことが成功するかどうか(76.5%)」に次いで多く挙げられたのが、「見物客のポイ捨て等のマナー(33.3%)」であった。これは、「農業面での心配(22.5%)」をおよそ10ポイント上回る結果であり、外部からの見物客増加に伴う生活環境への悪影響への懸念が窺える。羽咋市は「千里浜ドライブウェイ」や「コスモアイル羽咋」に代表される観光資源を有する。単に「トキとの共生」という理念を推進するだけでなく、住民の生活環境を守るための観察ルールの周知とその実効性がより一層重要となる。
野生復帰の取り組みが成功するためには、地域住民に「トキとの共生」を強いるような、いわば「強いられた共生」になるのではなく、トキが「地域のシンボル」として地域資源化され住民に受け入れられるプロセスが不可欠となる。現状、回答者にとってトキが意味することがらとしては「貴重な鳥(28.2%)」が最多であった。「羽咋市の誇り・象徴・シンボル(12.0%)」とは差がある。しかし、過去のトキの保護活動に尽力した人物を尋ねる自由記述において、質問に回答した97.4%が「村本義雄氏」の名前を挙げた。村本氏は現在101歳であり、70年以上、かつて能登半島にトキが生息していた頃から保護活動に関わってこられた。これは、単に「かつてトキがいた」という過去の生息記録にとどまらず、地域住民がトキを保護してきたという物語が継承されてきたことを示している。現在は「貴重な鳥」という認識であっても、野生復帰の賛成理由として「羽咋市の活性化になるから(53.3%)」が最も多く選ばれていることからも、今後の展開や啓発活動次第では、トキが単なる保護対象から羽咋市の「地域のシンボル」へと変容し得る可能性があることがデータから読み取れる。
2026年3月に環境省が公表したレッドリストにおいて、トキは「絶滅危惧IA類」から「絶滅危惧IB類」へと引き下げられた。これは、佐渡市内での野生復帰の取り組みが成果を上げてきたことを意味する。本州での放鳥は5月31日の羽咋市をはじめ、9月頃に石川県中能登町、来年2027年6月には島根県出雲市でも予定されている。トキの生息数が増えていく中で、その生息環境だけではなく、地域社会の受け入れや地域資源としての活用が重要となる。かつてのように、各地でトキが生息できるような社会のあり方を模索していく必要があり、私もその一端を担っていきたい。
なお、大正大学公共政策学科フロアにはトキのはく製がある。この個体(放鳥番号264、メス)は本州にも飛来した経験があり、富山県黒部市内で死亡し発見されたトキである。伝統色である「朱鷺色」がよくわかるはく製なので、公開時にはぜひご覧いただきたい。

 

2026.05.15