日経BPから出版された『実践フューチャー・デザイン』(西條著)をご紹介する連載、最終回です。
変わるのは、参加者だけではない
前回まで、フューチャー・デザイン(Future Design、以下FD)に参加した住民の思考が変わる様子を見てきました。しかし本書がもっとも力を込めるのは、その先です。FDを実施する側――自治体職員自身が変わっていくのです。手法の習得を超えて、物事の見方、仕事への向き合い方そのものが変わるのです。
宮崎県木城町・文田さん
木城町では、コロナ禍のため研究者が一度も現地を訪れず、遠隔サポートだけで、文田さんが単独でFDセッションを実施しました。「専門家に来てもらわないとできない」と思う必要はない、という心強い事例です。
文田さんは独自の手法(文田メソッド)を開発し、2024年度には1年かけてFDで町の総合計画を作りました。特徴は分野別構造からの脱却です。「Inclusive Town Kijo」を最上位に据え、そこから三つの基本理念と、部署を横断する三つの基本目標を導きました。職員が、日々の業務がどんな将来像につながるのかを常に意識できる設計です。
文田さん自身の変化も明快でした。以前は「なぜできないか」という制約から考えがちだったのが、まず理想の未来を設定し、そこから逆算するようになったのです。会議での「未来から見ると」という一言が、議論の流れを変えるようにもなりました。
岩手県矢巾町・高橋さんと花立さん
第1回で減量に成功した高橋さんは、実践型FDが必ずぶつかる壁に直面しました。自主参加の市民が作った複数の将来像を、どうまとめるかです。
編み出したのが「未来使節団方式」。職員が各グループの議論を観察・集約し、計画を作る責務を負う職員が集まって将来像をまとめるのです。明治期の海外使節団のように、役場が未来へ「使節団」を送るイメージです。全住民アンケートや将来世代からの情報も併せることで、正当性を確保しています。
いま矢巾町では、行政方針にも議会答弁にもFDという言葉が説明抜きで登場し、「空気みたいに」当たり前になっていると高橋さんは言います。
ここで重要なのが、トップダウンの落とし穴です。「良いものだからやれ」では現場にブレーキがかかる。職員が「面白そう」「やってみたら良い」と感じてこそ、FDは早く広まるのです。実例があります。かつて「働き方改革に反するのでは」と懸念していた企画財政課長が、今ではFD推進の中心人物、花立さんです。彼は「目の前の小さいことにこだわるより、将来から見れば今やるべきことはこうだ、とゴールが見えるようになった」と語ります。
高橋さん自身は、FDの実践を「公務員としての職業人生における大きなターニングポイント」だったと振り返ります。以前は指示に従い作業の一部を担う意識が強かったのですが、「今と将来の町の人々の幸せを考え、自分が主体的に取り組むべきだ」と考えるようになった。判断に迷ったとき、視点を未来に切り替えて今を考えられるようになった、と。
企業でも、海外でも
広がりは自治体にとどまりません。豊田中央研究所では、社会課題からではなく「幸せのタイプ」から2050年を構想する転換により、「今の課題を一つ解決するだけでは全く不十分だ」という気づきが生まれました。ウェールズでは、世界初の「将来世代のしあわせ法」を担う機関とFDが協働し、参加者は「自分たちはプレゼント・デザインしかしてこなかった」と気づいたのです。
「静かな社会革命」とは何か
三回にわたり本書を追ってきました。近代社会の三本柱には将来世代への配慮が構造的に欠けています。その処方箋は、革命でもデモでもなく、会議のやり方を変えることからはじめるのです。目を閉じて1分待ち、2050年の「今」から話し始めます。それだけで視野が広がり、対立が溶け、独創的な案が出て、やった本人まで変わってしまうのです。
総合計画の策定、施設の統廃合、料金改定、公共交通の再編―住民との対立を覚悟する仕事が、住民の側から前向きな提案が出る場に変わります。しかもその過程で、職員自身が「作業の一部を担う」立場から「主体的に取り組む」立場へと変わっていくのです。
明日の会議で、ひとつ試してみませんか。「30年後の住民から見て、私たちは今日、何をしておいてほしかったと言われるでしょうか」。タイム・マシンは、案外どこにでもあるのです。
・『実践フューチャー・デザイン:静かな社会革命』(西條辰義著、日経BP)。
・体験型FDの実施用スライドやノウハウは財務省「はじめてのフューチャー・デザイン」(https://www.futuredesign.go.jp/)。
・実践型FDの詳細なマニュアルは上智大学・中川善典氏の資料(https://cigs.canon/future-design/#manual)。


