日経BPから出版された『実践フューチャー・デザイン』(西條著)を追う3回連載、今回は第2回です。
住民の側から「値上げしましょう」
水道管の老朽化。更新すれば料金値上げに直結し、しかし人口減少で将来は設備過剰になる―。この八方ふさがりに、住民目線で取り組んでいたのが岩手県矢巾町でした。役場の吉岡さんは、アンケートでは「安くて安全でおいしい水」以上の声が出ないことに悩み、市民による「水道サポーター」のワークショップを続けていました。
ここに「将来から今を見る」セッションを加えれば、まさにFDになる―。そう考えた私たちとの共同研究が始まります。
その一つの成果が象徴的です。2060年の矢巾町について三つの「将来想定」(医療・防災の拠点化、災害の頻発、財政難)という未来を吉岡さんが提供します。これをもとに、仮想将来人になった住民の皆さんに水道事業を考えてもらったところ、参加者から「今と将来の水質維持のためには、水道料金は値上げした方がいい」という声が上がり、全員が賛同したのです。町は2018年度から6%の値上げを実施しましたが、町民からほとんど反対の声は上がりませんでした。配水タンクの素材選定でも、割高でも耐久性の高いステンレスを選ぶという住民提案が採用されています。通常なら反発必至の案件が、住民の側から出てきたのです。
これをきっかけに、高橋昌造町長は、施政方針演説で、矢巾町が「フューチャー・デザイン・タウン」であることを宣言し、仮想将来世代を政策に持ち込む将来戦略室をつくりました。さまざまな積み重ねの末、2023年、将来戦略室は、「未来戦略課」になったのです。
「30年前にこうしておいてよかった」
もう一つ、印象的な実践があります。2018年、地域住民・財務省職員・役場職員が混じり合い、最初の1時間は現代の住民、次の1時間は2048年の住民として話し合いました。同じ人が両方を経験する設計です。
今の住民としてはバス運行や道路整備など目の前の問題を選ぶのに、2048年の住民になると、景観、防災、世代間交流といった長期的な課題に目が向く。しかも「30年前に高い建物を建てなかったから、今でも町のどこからでも岩手山が見える」といった、未来から今を振り返る評価が次々と出たのです。
明日から使える ―― 実践のコツ
ここまで矢巾町の実践を見てきましたが、こうしたFDを実際に進めるには、具体的なコツがあります。ご紹介している『実践フューチャー・デザイン』は、その名のとおりFDを実践するための本で、なかでも第8章は、マニュアルには書かれない「行間」のノウハウ――現場で試行錯誤して見えてきた勘どころ――に割かれています。そこで今回は、その中から自治体の皆さんに役立ちそうなものを拾ってみましょう。
・テーマは少し大きめに。 「集会所問題」ではなく「これからの地域の未来」とする。対立しかねないテーマは、それを含む一回り大きな枠に設定するのがコツです。
・飛ぶ先は課題の期間より長めに。 水道管の取り替えは100年単位、市営住宅の建て替えなら50年程度。課題に応じた時間軸を考え、それよりも少し長めに。
・回と回の間は1週間以上あける。 連続開催より効果的。ある町営住宅のFDでは、1か月の間に自分で調べてきた参加者が「冬の寒い中、お年寄りが古くて寒いトイレに入るのがかわいそう」と切り出し、アイデアが噴出しました。「自分ごと」にする時間が要るのです。
・資料は事前に配る。 当日に配ると参加者は情報の消化不良。1週間前に渡せば、参加者が自分で考えます。
・タイム・マシンの演出を。 法被(矢巾町)、帽子(小田原市)など。小田原市では暗転・音楽ののち、明るくなると「将来人」の帽子が目の前に。
・いきなり課題の話をしない。 まず「あなたはどう暮らしていますか」から。日常、しあわせ、社会での役割……と進めば、自然に課題へ話が及びます。
「井戸端会議」と「沈黙する勇気」
フューチャー・デザインのサポーターの役割は、多くの場合、時制の修正だけです。2055年に飛んだ人には「2035年に地震がきましたね」と過去形・断定形で話してもらいます。一人が始めれば、自然に伝播します。
職員が班につくと、沈黙があるとつい喋ってしまいがちですが、沈黙は参加者が考えている時間。「沈黙する勇気」が大切です。
そして、メモを取らないこと。FDが勧めるのは「井戸端会議」です。独創的な案は、ある発言に別の人がさっと応じ、また別の人が続く―階段を駆け上がるように出ます。この効果を活かすには、メモより対話への集中を。記録は録音してAIに要約させれば十分です。
最後に、もっとも大切な指摘を。「将来のことだから若い人に」と考えがちですが、私はライフ・ステージが進んだ方ほど、仮想将来人になると将来可能性を発揮することを発見しています。「老害」と思える発言をしていた方が、素晴らしい提案を始めるのです。若い人に丸投げするのは「大人の責任放棄」だ、と。
次回は、参加者だけでなく実施する職員自身が変わっていく話をします。


