担い手としての関係人口創出をプロセスで分解する試み

著者
大正大学地域構想研究所 主任研究員
中島 ゆき

近年、関係人口の概念が注目され、東京一極集中の是正や移住などのキーワードとともにさまざまな議論や研究が行われています。一方で、議論が拡散しすぎることや焦点が曖昧になる事例が増えているのではないでしょうか。
その中で、筆者はこれまでの関係人口がもたらす多様な課題に対する一つの整理として、「担い手としての関係人口」(※「担い手として」の定義・分類は本論文末参照/あるいはリンクレポートで詳細参照)という部分に焦点を当てて、調査を試みてきました。これにより、関係人口という漠然とした概念を整理し、より地域ごとの具体的な課題解決の方法論を模索したいと考えていたからです。

事例研究におけるプロセスの追求

前述の視点を持って、実際に現地に赴きフィールドワークを実施しました。そこで特に注力したのはプロセスを追いかけることです。
地域の事例研究でしばしば見られるのは、他地域の成功事例を学び、それをそのまま真似ても、うまく機能しないことです。成功した事例をただ模倣するのではなく、「なぜ成功したのか」や「具体的にどのような手順で進行したのか」といった背後にあるプロセスを詳細に理解することで、他地域での参考になり各地域で応用が可能になるのではないでしょうか。
この研究では、新しい取り組みやアイディアが「0から1」へと具体的に形成されるプロセスを中心に探求しています。もちろん、追いかけるすべての事例が成功するわけではありません。実際、プロセス研究の難しさの一つは、調査した全ての事例が順調に進行・発展するとは限らない点にあります。しかし、そのような困難も含め、関係人口の取り組みにおいて、有効なプロセスを明らかにし、それを全国の地域に適用・普及させることの重要性を感じています。
前置きが長くなりましたが、今回のフィールドワークは、こうしたチャレンジの第一歩であることをお伝えしつつ、この「0から1」へ、何かが生まれるかもしれない活動を追っかけたレポートの一部を紹介します。

長野県塩尻市の「塩尻CxO Lab」が、なんだかスゴイ!

今回、フィールドワークの地として選んだのは、長野県塩尻市で展開されている関係人口創出事業「塩尻CxO Lab」です。このLabは、塩尻市の地域課題解決や魅力再発見を目的に設立された協働型のプロジェクトで、地域のアクターと地域外からの参加者(つまり、関係人口)が共同で地域課題の解明と解決策の提案・実行に取り組んでいます。

2023年7月には、このLabの活動が4回目を迎えました。過去3回の活動を通じて、継続的な「担い手としての関係人口」として41人、時折参加する「担い手」として102人を創出しています。類似の調査が他地域で行われていないため、数値の比較は難しいものの、「塩尻CxO Lab」が他地域に先駆けて「担い手としての関係人口」を多数創出していることは注目に値します。そして、その成功のカギとして、筆者は「仕様書」の存在に目を向けました。「塩尻CxO Lab」独自の仕様書の特色や、それがどのように関係人口を地域に深く結びつけるのか、をフィールドワークで詳しく調査しました。

「塩尻CxO Lab」の仕様書は何が違うのか?

仕様書とは、一般的に企業などが仕事を外部にお願いする場合に、発注者として委託先にどのような内容の仕事をして欲しいかを具体的に示すものです。すなわち受発注の関係が最初から存在しています。しかし、「塩尻CxO Lab」の仕様書の場合は、地域プレイヤーがまずは自分自身が抱える課題を提示し、それに対して地域外からの参加者が一緒になって仕様書を作成するという工程をふみます。受発注関係ではなく共創・協働関係のパートナーという位置づけで参加してもらうのです。この仕様書の位置づけが根本的に異なっています(図1)。この違いこそが、担い手としての関係人口創出に効いていると考えられました。

図1 「塩尻CxO Lab」で説明される仕様書(注1)

調査の詳しい内容は、コチラのレポート「担い手としての関係人口創出の新しいしくみ─当事者意識を生み出す「仕様書」/塩尻市の事例─」(信州自治研 (380), 7-17, 2023-10)でご確認いただけます。
さらに、このレポートを基にアンケート調査を追加実施しており、新たな考察や論文を含めた拡充版は、近日中に大学紀要や学会論文での発表を予定しております。発表後には、当研究所のHPでもその内容を紹介する予定です。

「塩尻CxO Lab」のスタートは1泊2日のキックオフMTGから

本研究の主軸は、事が立ち上がるプロセスを深く追うことですが、その詳細については先のPDFリンクでご確認いただけます。
ここでは、少しだけビジュアルで現地の様子をご紹介したいと思います。
「塩尻CxO Lab」は、キックオフとして、現地でのフィールドワークとクリティカルシンキング研修から始まります。今年は7/1から塩尻市での1泊2日の活動が実動スタートしました。この期間中は、現地視察をはじめ、プロジェクトチームごとの地域課題解決に向けたディスカッションが中心となります。初めて出会った人たちが、初めての塩尻市について学び、体験し、話し合うという貴重な時間です。一見、普通の視察会のように見えるこのキックオフミーティングですが、実はその運営の中身には独特の「しくみ」が隠れています。この「しくみ」について深く分析した内容が、前述の「担い手としての関係人口創出の新しいしくみ─当事者意識を生み出す「仕様書」/塩尻市の事例─」(信州自治研 (380), 7-17, 2023-10)です。なぜ、この1泊2日のキックオフミーティングで当事者意識が生まれるのか、その背後の要因に迫っています!

担い手としての関係人口とは

さて、最後に本研究の対象である「担い手としての関係人口」とは?これは、「該当地域に居住していないものの地域の課題や地域に足りないものがあった時に自分のスキルや知見、労力を提供し、地域を実践的に応援する人たち」と概念付けしています。以下の記述が具体的な事象としてイメージしやすいでしょう。
「例えば、あるイベントがあったとして、交流人口はおもてなしをされに来る人たち(イベント参加者)のことを指している。観光客がその多くで、それはそれで大事であるが、一方で、一緒にテントを建ててくれたり、最後の片づけまでやってくれたりと、力になってくれる人たちも大事で、人口が減少している地域にとっては観光客と同じように必要な人たちである。その人たちは、「困っています」っていう言葉に反応してくれる。このように、①行ったことがある、 ②買ったことがある、③住んだことがある、を超えた関係が築ければ地域にとって関係人口が担い手としての関係人口になる。」(大谷博(2019)「「関係人口」へ取り組む地域」 徳島経済Vol.102 2019 Spring より抜粋)と、このように考えています。調査の過程ではより具体的に区分していますので、その詳細を御確認したい場合は前述のレポートリンクをどうぞ!

「担い手としての関係人口創出の新しいしくみ─当事者意識を生み出す「仕様書」/塩尻市の事例─」(信州自治研 (380), 7-17, 2023-10)
(注1) 「のりしお(乗り出せ! 塩尻関係人口ポータル)」より転載 
https://shiojiri-city.note.jp/n/nc459f5772de4?gs=6204ecfa7ec7

2023.11.15