「首都直下地震」に対する東京都の被害想定を読み解く

著者
大正大学地域構想研究所 特命教授
加藤 照之

9月1日は防災の日.99年前のこの日大正関東地震が発生した.地震発生後,折からの強風にあおられて多数の大火災が発生し,10万人を超える死者のうち9割以上が焼死であった.この大災害から約100年たち,今は首都直下地震がいつ起きてもおかしくない状態にあると言われている.来るべき地震において二度とこのような大規模災害を引き起こさないためにどうすればよいのだろうか.

東京都は1997年をはじめとして約10年ごとに地震による被害想定を行っており,本年5月25日に最新の被害想定が公開された(東京都防災会議,2022).本稿ではこの被害想定に基づいて,来るべき地震にどう備えるべきか考えてみたい.

「首都直下地震」とは?

首都直下地震とはどういう地震なのであろうか.首都というのは東京都だけでなく周辺県を含む首都圏あるいは南関東のことと言ってよいだろう.この,首都圏の直下で起こる地震が首都直下地震であるが,とりわけ重要なのが局所的に大きな被害をおよぼすM7クラスの地震である.大正関東地震はM8クラスの地震であるが,繰り返し間隔が200~400年程度と考えられており,次の関東地震までにはまだ時間がありそうだ,ということで現時点では防災の観点からは一段優先度が低いものと考えられている(油断はできないが).M7クラスの地震は現時点で今後30年以内の発生確率が70%と言われており,今最も懸念すべきは首都圏(南関東)で発生するM7クラスの地震,ということになる.

被害想定に取り上げられている首都直下地震

図1は関東地方の東西断面の模式図で,首都直下地震として発生する可能性のある6つの領域を示している.これらの中でも特に被害が大きくなる可能性があるのは①~③の比較的浅い領域の地震である.今回発表された東京都の被害想定では,図2に示す6つの断層が想定されており,図1の③にあたるフィリピン海プレート内部の地震として都心南部直下地震,多摩東部直下地震,都心東部直下地震,都心西部直下地震,多摩西部直下地震の5つ(いずれもM7.3を想定),及び①の地殻上部の浅い断層として立川断層帯の地震(M7.4を想定)が採用されている.これらの中でもっとも大きな被害が懸念されるのが都心南部直下地震である.なお,被害想定には大正関東地震(M8クラス)や南海トラフ巨大地震(M9クラス)も含まれているがここでは省略する.

図1:関東地方東西断面の模式図(中央防災会議,2013).①地殻内の浅い地震,②フィリピン海プレートと北米プレートの境界の地震,③フィリピン海プレート内の地震,の3か所が首都直下地震の震源候補地.

図2:首都直下地震の想定される震源域.直線は断層が垂直であると仮定しているため.東京都防災会議(2022)の図を改変.立川断層帯は緑色で示す.赤字で示した断層は中央防災会議による被害想定で想定された断層.曲線はフィリピン海プレート上面の等深線,星印は震源位置を示す.

耐震化率と木造住宅密集地域

大正関東地震以後の100年で木造建築物の耐震性能は大きく進化した.特に1981年の耐震基準改訂後に建てられた建築物は耐震性能が高いとされる.戸建・共同住宅の全体での耐震化率は東京都で92.0%であり全国平均の約87%に比べて高い.また,火災の延焼を防ぐための木造住宅の密集地域は2012年末の16,000haから2020年度末には8,600haと約46%の減少となっている.また,不燃領域率も増加傾向にあるとされている.とはいえ都心南部直下地震では,最悪の場合建物倒壊による死者は3,209人,火災による死者は2,482人と想定されており,今後も引き続き耐震化率の向上や木造密集地域の解消が大きな課題として残っている.

命を守るための共助の必要性

今回の被害想定では阪神・淡路大震災の建物全壊率と自力脱出困難者数との関係から自力脱出困難者数を算出しており,都心南部直下地震では3万人を超える自力脱出困難者を想定している.これだけの人が“生き埋め”になるのである.このような人々の救出には行政に頼ることには限界があり,隣近所の人たちの協力が欠かせない.地域住民が構成する自主防災組織による救助体制の強化が重要である.

高齢者や身体障がい者等のいわゆる要配慮者が被害に遭うリスクが高いことが指摘されており,例えば阪神・淡路大震災では要配慮者の死者率は3倍程度高いとされている.今回の想定でも,都心南部直下地震では全死者の約6割が要配慮であると想定している.令和3年の災害対策基本法の改正により,高齢者・身体障がい者等の災害時避難行動要支援者に対する避難行動の個別避難計画の策定が市区町村の努力義務となった.このような作業は行政ではとても実施には手が足りない可能性があり,この面からも地域住民の共助が必要である.

タイムラインの導入

命が助かったとしても,交通,電気,通信,上下水道,ガス等のインフラの被害は被災者の生活環境ばかりでなく行政機能や企業活動にも大きな影響を与える.これらの被害については,今回の被害想定での新しい取り組みとして,地震発生後の状況が時間とともにどのように復旧するかを示すタイムラインがシナリオとして付記されている.本学では災害発生時の事業継続計画の策定が進行中であるが,大学だけでなく地域の防災をより実効的なものとするためにはこのようなタイムラインを考慮した事前の復旧・復興計画が必要であろう.

文献
東京都防災会議,2022,首都直下地震等による東京の被害想定報告書
中央防災会議,2013,首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)~首都直下のM7クラスの地震及び相模トラフ沿いのM8クラスの地震等に関する図表集~

2022.09.01