消滅自治体論を考える

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
小峰 隆夫

本年4月、民間団体人口戦略会議は、1729自治体の4割に当たる744自治体に消滅可能性があるという結果を公表した。ここで消滅可能性自治体として名指ししているのは、2050年までの30年間で20~39歳の女性人口が50%以上減少する自治体のことである。
同様の計算は、2014年にも行われている。この時は、日本創生会議という民間団体が、2040年までに若年女性が5割以上減る自治体896を「消滅可能性都市」とし、その中で2040年に人口規模が1万人を切る自治体523はさらに消滅可能性が高いとした。
この2014年の消滅自治体論は、具体的な市町村名が明らかになったこともあって多くの人々を驚かせ、その後の地方創生への政策展開に弾みをつけるという大きな役割を果たした。
しかし私は、この消滅自治体論に批判的である。まず、「消滅」という言葉が強すぎて誤解を招きやすい。2014年のレポートが出た時には、具体的に名指しされた自治体では、地方議会議員から市町村長に対して「消滅すると言われているがどうするのだ」という質問が相次いだという。
しかし、そもそも「消滅自治体論」は「自治体が近い将来消滅する」と言っているわけではない。人口規模の小さい自治体で、子供を産む母体である女性の数が大きく減少すれば、人口減少が加速すると言っているのである。
人の受け止め方というのは恐ろしいものだ。その後の報道を見ていると、「2040年までに523もの自治体が消滅してしまうという報告が出ました」などと紹介されたりしていた。私は「何といい加減な記事を書くのだろう」とあきれ返ったものだ。こうした報道を目にした人は、「自分たちの住む町が2040年までに消えてしまうかもしれない」と大いに不安になった可能性がある。くれぐれも物事は正確に理解して欲しいものだ。
それよりも私が問題だと思ったのは、地方自治体が人口減少への対応の最前線に出てしまったことだ。2014年以降の推移を振り返ってみよう。

2014年以降、消滅自治体論に後押しされて進められた地方創生戦略は、地方創生と人口減少という二つの課題を同時解決しようとするものだった。
それは次のような手順を取った。まず国は、日本全体の人口の将来展望を示す「長期ビジョン」と、それを踏まえた「総合戦略」を示す。このビジョンと戦略は、2014年中に示された。次に、各地方公共団体は、国のビジョンと戦略を勘案して、「地方版人口ビジョン」と「地方版総合戦略」を策定する。この方針に従って、日本のほとんど全ての自治体が、2015年度中に地方版のビジョンと戦略を作成した。そして2016年度以降は、「地方版総合戦略」に基づき、PDCAサイクル(計画⇒実行⇒評価⇒改善というサイクル)を稼働させるということであった。
こうした筋書きに沿って各地方公共団体は、人口減を防ぐための政策を展開していった。子育て世帯への独自の支援策、地元への移住者の呼び寄せなどによる転出超過の抑制策などである。
一見するとこれはうまく行きそうに見える。各自治体が少子化対策を講じて、少子化が抑制されれば、日本全体でも少子化が抑制されるはずだ。また、各自治体が人口の流出を抑制すれば、結果的に大都市圏への人口集中も抑制されるはずだ。
ところがその後も少子化の傾向は止まらず、大都市圏への人口集中も続いた。地方創生と人口減少問題の同時解決という作戦はうまく行かなかったのである。私に言わせれば、うまく行かなかったのは当然である。地方が少子化対策の主役になることは「政策割り当て」という観点から不適当だったからだ。

第1に、少子化対策は基本的には国の責務である。少子化に歯止めがかからないのは、国がまだその責務を十分果たしていなかったからだ。例えば、日本の家族関係支出は、少子化対策に力を入れてきた先進国のレベルに比べてまだ見劣りがしていた。まずはこれを充実させることが必要だったのだ。
ただし、これは社会保障関連経費の一部だから、現状のままで家族関係予算を増やしていくと、ただでさえ高齢化で膨張しつつある社会保障経費がさらに拡大してしまう。すると、本当に必要なことは、高齢者向けの社会保障経費を合理化してそれを勤労者向けに振り向けることだということになる。それは国にしかできないことだ。
この点については、これから「子ども未来戦略」に即してかなり大規模な少子化対策が行われることになっており、政府は、この歳出増加によって、こども一人当たりの家族関係支は、OECDトップのスウェーデン並みになるとしている。これでようやく少子化対策は出発点に立ったのだと言える。

第2に、地方が人口減対策の前面に立つということは、自治体が自らの人口をコントロールできるということを前提にしていたわけだが、それはかなり難しいことだったのだ。
例えば、地方部から大都市圏に就職、就学で転出していくのを、その自治体だけの力で抑制することは難しい。自治体が、子育て支援策などを強化することはできるし、その結果当該自治体の出生率が上昇したという例もある。しかしそれは、周辺の他の自治体から子育て世帯が転入してきたことによる場合が多い。その場合、転出していった地域では出生率が下がるから、結局はゼロサムゲームである。
また、仮に子供の数が増えたとしても、その地域での就学、就職先の状況が変わらない限りは、就学・就職の際に他地域に流出してしまう。

一国の人口減少にどう対応するかは基本的には国が責任をもって対応すべき問題である。地域は人口をコントロールしようとするよりも、自らの地域の住民のウェルビーイングを高めることに政策資源を集中させるべきである。この国と地域の役割分担を混乱させたことが自治体消滅論の最大の問題点だったと私は考えている。

2024.06.17