女性が活躍する地域は元気な地域か

著者
大正大学地域構想研究所教授
小峰隆夫

この連載でも何度か紹介したように、大正大学地域構想研究所では、自治体の若手・中堅職員向けに地域戦略人材塾(塾長は私)を運営している。先日、その塾で大正大学社会共生学部の柏木千春先生が「持続可能な観光地域づくり」についての講義を行った。その中で柏木先生が「女性が活躍している地域は元気な地域であるようだ」という話をしたのだが、参加者の間からも「なるほどそうかもしれない」という声が聞かれた。そこで、「女性が活躍している地域は元気な地域である」という仮説について、私の考えを述べてみよう。

女性の活躍と企業の経営パフォーマンス

この話を聞いて、私が真っ先に思い浮かべたのは「女性が活躍している企業は元気な企業である」という仮説である。私は、日本経済研究センターで行われた研究会の成果を基にして、2008年に『女性が変える日本経済』(小峰隆夫・日本経済研究センター編、日本経済新聞出版社)という本を出したことがある。この中で、企業における女性の参画度合いと、企業業績との関係を計量的に分析したことがある。

表に基づいてその手順を解説しよう。

まず、企業へのアンケート調査によって、「正社員に占める女性の比率」などのデータを入手する。次に、これら企業の財務諸表を基にROAやトービンのQを計算する。ROAというのは総資産収益率のことで、企業の純利益を総資産で割ったものである。経営資源である総資産をいかに効率的に生かして収益を上げているかを示している。トービンのQというのは、企業の株式市場での時価総額を総資産で割ったものである。これが大きいということは、市場がその企業の将来性に期待を抱いていることを示している。

こういう準備をした上で、企業における女性の活躍度を示す指標と企業の業績を示す指標が相関しているかを計量的に分析する。符号がプラスのものは正の相関があったことを示しており、有意水準として示されている星印は多いほど有意性が高い(相関がより確かである)ことを示している。この結果によれば、正社員に示す女性の数が多い企業は、ROAもトービンのQも高いなど、女性の活躍度が大きい企業ほど、収益性も将来性も高い傾向があることが実証的に示されたのである。

女性の活躍と企業業績に因果関係はあるのか

さて本当の問題はここから始まる。一般にAとBに相関関係があったという結果が出た場合、その理由について、次のような三つのケースが考えられる。第1はAが原因となってBが現れるというケースだ。A⇒Bという因果関係があるということである。第2は、逆にBが原因となってAが現れるケースだ。B⇒Aという因果関係があるということである。さらに第3の考え方がある。それは、CがAとB両方の原因になっているケースである。

例えば、子供の頃、自宅に備えている辞書の数が多い家庭で育った子供は、長じて学業で好成績を取る傾向があることが知られている。これは、親が勉学に熱心だということが両方に関係しているからだと考えられる。つまり、親が勉強熱心だといろいろな辞書を家庭に備える傾向があり、親が勉強に熱心だと子供もその影響を受けて熱心に勉強するというわけである。

この議論を応用して、企業における女性参画と業績との相関について考えてみよう。まず、女性の参画が多いから業績が良いという因果関係はあり得る。かつての日本の主要産業は、鉄鋼、機械類などの重化学工業製品であった。こうした産業では、大規模な工場を造って効率的に生産すればいいのだから、あまり女性の出番はない。しかし経済が成熟化してくると、工業製品もサービスも、より消費者の目線に沿った気配りが求められるようになる。自動車についても、安くて走りさえすればいいというわけではなく、デザインやカラー次第で売れ行きが違ってくる。すると、中高年の男性が指揮して製品を開発するより、女性の視点が入った方が良いものが生み出される可能性がある。

一方、業績が良いから女性が活躍しているという因果関係を指摘する人もいる。それは、儲かっていると女性をたくさん採用する余裕ができるという説だ。この考え方は、私はどうかと思うので、「そんな風に言う人もいます」程度の紹介にとどめておこう。

私が最も有力だと思っているのは、第3の要素があって、それが女性の活躍と業績の双方に影響しているという考えだ。すなわち、女性が活躍しているということは、女性に限らず多様な人材が能力を発揮しやすい職場だということを示している。働きやすい職場に優れた人材が集まってくるから業績も良くなるというわけだ。

さてここで、地域においても同じように、女性が活躍している地域ほど元気な地域かを考えよう。それは大いにあり得ることだと私は思っている。理由は企業の分析で示したことと同じだ。

まず、地方行政においても、企画段階から女性が参加した方が行政がスムーズに進む可能性がある。地方行政においても、高齢者のニーズに応えた社会福祉や女性も含めた観光客を呼び込むためのアピールなどについては、女性の意見やアイデアを取り入れながら進めた方がうまくいくのではないか。

また、企業と同じように、女性が元気に活躍している地域は、女性だけではなく、高齢者、外国人、企業関係者など多様な主体が元気に活動できる場であることを示しているのかもしれない。地域が、より女性の力を生かそうとするのは大いに意味がありそうだ。

(『地域人』第76号掲載)

2022.04.15