防災教育と行動経済学の親和性

著者
室蘭市総務部 防災対策課
宇那木啓二

1.室蘭市のこれまでの防災教育

■自主防災会への防災講演が中心

行政が行う防災教育には様々な手法が取られています。北海道教育委員会が指導している、各学校で地域と学校が防災について学ぶ「1日防災学校」の取り組みや防災の日・世界津波の日・3.11などの記念日に合わせての防災訓練などがあげられますが、室蘭市も同じような内容で、町内会・自治会や自主防災会が行う防災訓練・避難訓練へ出向き、防災講話で災害への備えなどをお話します。

■自主防災会の結成率を上げるための広域化

私が防災部門へ異動してきたときの自主防災会の活動カバー率は61.3%で、全国平均から大きく下回っていました。引き継ぎ事項の一つとして、カバー率を上げるための取り組みがありました。

その達成のために、これまで自主防災会を町内会・自治会単位で結成していたものを、市内を15のブロックに分けた複数の町内会・自治会が集まってできた「地区連合町会単位」で結成する取り組みへと広域化をはかりました。

これは、規模が小さかったり、行事などがあまり活発ではない町内会・自治会が、活動が活発なところの助けを借りて自主防災組織の一員になれるというメリットがあります。

一方で、地区連合町会単位でまとめるには防災リーダーの不足や、地域コミュニティの弱さなど様々な課題を抱えており、一つのモデルで進めることは難しいのが実情です。地域の実情にあった手法を考えながら、地域主導で時間をかけて進めるほかありませんでした。

そして、この広域化の取組を進めるために、地域特性に応じて、防災教育をこれまでより充実させる必要があったのです。

図1 室蘭市自主防災組織結成数(クリックすると拡大します)

2.防災教育がどうかわっていったのか

■行動経済学は防災と親和性がある

今から3年前になりますが、平成30年9月に北海道で過去最大規模の震度7を記録した北海道胆振東部地震災害が起こりました。幸いにも室蘭市では壊滅的な被害は免れましたが、災害への備えの必要性を強く感じた出来事でした。

ちなみに、同地震災害後に行った行動アンケート調査の結果からは、災害への備えについて約3割が全くやっていない結果が得られ、ここでも防災教育の充実が必要であることが明らかとなりました。

自主防災会の広域化を進める取り組みの他に、各世代に防災リーダーを育てることも必要でした。

最初に試みた令和元年度は、働く世代の大人に対して、一般市民が受ける座学の他に防災担当にも大きなメリットが出るようなものはないか、大正大学地域構想研究所の中島ゆき先生と考え、防災・減災の啓発物を作成する作業を通して災害対応について学ぶことを行いました。

この取組は、自主防災リーダーを育成しつつ、防災担当が苦労している災害情報を届けるためのツールの一つを広め、災害時に適切な行動を取れるようになる市民を増やす目的がありました。

令和2年度は、広域都市(室蘭市・登別市・伊達市)で、防災・減災の啓発物を作成する作業を実施しています。

2カ年で実施したこの内容は、行動経済学のナッジを学び、市民が自ら行動するようになるような啓発物を作る作業をしました。令和元年度の参加者は防災以外の行政職員と一般市民を対象とし、広域で実施した令和2年度は、防災担当以外の行政職員でした。両方とも、参加者からの声は、実務に活かせそうというものでした。防災担当から見ると、令和元年度の参加者の防災意識を測ると、研修終了後に被災状況に対する想像力のポイントが上昇していて、研修の目的の一つである防災力向上に必要な災害をイメージする力を養うことができましたし、防災担当成り代わって啓発物を作成していただけたのは、職員の負担軽減になっています。

図2-1 行動経済学とグループワーク

 

図2-2 グループワークで作成した各班の防災啓発物

 

3.これからの防災教育は

■自ら考える防災教育

首長研※1の取り組みでデジタル活用による防災教育の可能性を議論し、令和3年度は、防災教育の実施をする時間がなかなか取れない高校生・大学生向けに防災へのICT活用もしながら、アクティブラーニングで自ら考える防災教育を実施しました。

実施は、セールスフォース・ドットコム社の社内教育用アプリ、myTrailhead(マイトレイルヘッド)のプラットフォームを活用するもので、未来で災害にあってしまった自分が数十年前の室蘭に1か月間滞在し、eラーニング防災教材を作るバックキャスティングを取り入れたものです。また、災害情報をいかに伝えるかが非常に重要でしたので、マーケティング手法を取り入れたピッチや TED に共通する情報発信スキルを大正大学地域構想研究所の中島ゆき先生から学び、構成の中に取り入れることも実践しています。

図3-1 myTrailheadでeラーニング防災教材を作る高校生

 

図3-2 防災教育に取り組んだ高校生

各世代に様々な手法で防災教育を実施してきましたが、これからは、どうやって自ら学び考える防災教育を行えるのかではないでしょうか。自分事で考えることは、何事も難しいですが、地域の防災力を高めるためのコミュニティ構築や強化には必要になってくる項目のひとつになると考えます。
また、これまでの取り組みで実感したのは、行動経済学が様々な地域でも防災・減災の取り組みで使われ、親和性があるものだということでした。楽しく、自分事で考える防災には行動経済学の手法が使えますし、室蘭市のような大きな災害を経験していない自治体でも、工夫次第で地域の防災力を上げることは可能です。
まだまだ、道半ばですが、皆様の力を借りてがんばります。

 

※1 災害時コミュニケーションを促進するICT利活用に関する首長研究会:令和元年から進めている国際大学GLOCOM(櫻井准教授)が主催する産学官の防災勉強会で、室蘭市も参加している。

2021.12.15