地域の特産

著者
大正大学地域構想研究所 顧問
養老 孟司

十月に香川県の小豆島と伊吹島に行く機会があった。東京大学の「ROCKET」という異才発掘プロジェクトで、子どもたちに好きな研究を自由にさせるというものである。今回のテーマは四国の東西で昆虫の分布に区別があるか、という問題の一部で、瀬戸内海の島々は果たして東西に分けられるか、というものだった。私は子どもたちのお供でついていっただけである。

小豆島はやや大きいので、島であることがあまり強く意識されなかったが、伊吹島は見事に島だった。特産品はいりことタイだと案内をしてくれた地元の人は言っていたが、自然物を特産品にしていると、持続可能性に問題が起こるであろう。最盛期には千人単位の住民がいたが、現在は数百人で、伊吹島の小学校は生徒七人、中学生は五人だった。家の三分の二は空き家ですよ、と言われたが、ここまで急激に人口が減ると、何とも言いようがない。人口は明らかに地域振興の鍵であろう。

どちらの島も景観は素晴らしく、どこに家を建てても、世界一流の別荘地になりそうである。伊吹島はジオパークということで、自然環境を広報しようとしており、小・中学校の先生方はアサギマダラというチョウの研究に熱心だった。学校の庭にはアサギマダラが飛来するフジバカマを植え、さまざまな研究活動を行っていた。アサギマダラは、春は南で発生したものが北へ移動繁殖し、秋は逆になる。遠くへ移動するものは千kmを移動することが知られ、日本列島では当然ながら海上を渡ることが多いので、島は移動の中継点となる。

アサギマダラ以外の虫については、あまりよく知られていない。小豆島は国立公園でもあり、従来から一部の昆虫については調査されているが、今回子どもたちは土壌性の虫を調べることにしていた。特定の樹種を選んで、その周辺の土壌中に棲む虫を採る。どのような樹種の、どのあたりの土を採って、どのようにして虫を捕まえるか。そうした具体的な計画はすべて子どもたちが作る。大人はフロクでついていくだけ。子どもたちの活動を見ていると、まことに「君子の三楽」という古語を思い出す。とくになにという教育目的があるわけではないが、子どもたちの活動を見ているだけで心が和む。

土壌の虫といっても、浅い土壌だけではない。地下浅層といって、雨が降った時などにとりあえず水が地下を流れる流路がある。ここは砂利などでできていて、間に隙間があるので、その小さな隙間に生きる虫がいる。こういうものの採集になると、大学院クラスの研究になってしまう。今回私に同行したのは、小六、中二、高二などの学年の生徒たちだったから、生い先、いといみじ、である。関心が続けば、さらに先の研究をしてくれるであろう。それが何の役に立つのか、まったくわからない。

こうした調査も何の役に立つのか、まったくわからない。そういう目的のために、数日間、体を張って動き回ることは、この子たちの将来にとって、同時に将来のより良き社会のために、有益であるに違いないと私は信じている。

四国三日間の後、羽田空港で飛行機を乗り換えて秋田に行った。翌日は曹洞宗のお坊さんたちの大会で、そこで講演をして自宅に戻ったが、我ながら体がよく保った、という感じだった。

 

●撮影:島崎信一

(『地域人』第77号より)

2022.06.15