『小零細事業者の理解と地域経済への影響に十分な配慮を』

金子順一

政治主導で3%超の大幅引き上げが続く

いま、最低賃金のあり方に熱い視線が注がれている。7月に実施された参議院選挙。各党とも最低賃金引き上げを選挙公約に掲げた。また報道等をみても、非正規雇用で働く人の賃金・生活改善、引き上げによる経済効果など強調する点に違いはあるにせよ、相当程度の引き上げが必要という点では概ね意見は一致している。

政府が6月に公表した「経済財政運営と改革の基本方針2019」(骨太の方針)は、最低賃金について、早期に全国平均1000円を目指す方針を改めて提示した。過去3年間、連続3%超の引き上げを行った、従来の引き上げ方針を堅持した。

これを受け7月から始まった本年度の最低賃金改定は、8月上旬までに都道府県別の新最低賃金が出そろった(表参照)。それによれば、全国加重平均(時給)は901円で、前年比3.1%、27円の増額となった。これで4年連続3%超の引き上げが続くことになる。2015年の798円から、わずか4年で901円に上昇、これを月収換算すると約17,000円の引き上げに相当する。

地域別にみると、最も高い東京(1,013円)、神奈川(1,011円)は初めて千円台に乗った。一方、最も低いのは鹿児島県をはじめとする15県で、790円である。

 

 

こうした大幅引き上げは、最低賃金に近い水準で働く非正規労働者等には朗報だが、支払う事業者には頭の痛い話である。ただ、人手不足が深刻な都市部では、パートの実勢賃金は上昇しており、最低賃金の引き上げがなくとも、賃金改善をしなければ人手不足に対応できないのが実情である。人手不足の現状が,最低賃金大幅引き上げの”追い風”になっているのである。

地方での最低賃金引き上げには慎重な配慮が必要

今年の最低賃金改定では、都道府県間格差にも注目が集まった。今から10年前、(2010年)、当時の都道府県間の格差は、179円であった(最高は東京都の821円、最低は沖縄県ほかの642円)。この間、生活保護基準と最低賃金の逆転現象を解消する観点から、大都市部重点の引き上げが行われたため、ここ10年でその差はさらに拡大。昨年度(2018年度)は224円に達した。

こうした状況に、地方を置き去りにした最低賃金引き上げではないか、地方創生の流れに逆行するなど、格差拡大を疑問視する声も大きくなった。6月に発表された「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針2019)が、「地域間格差にも配慮する」との方向性を新たに示したのは、こうした動きを意識したものと言える。

本年度は、この政府方針を踏まえ、低位県でも大都市圏と同額の引き上げが行われた結果、格差は223円、前年より1円縮まることになった。格差拡大に一応歯止めをかけたかたちである。

ただここで注意を要するのは、大都市部と同額の引き上げは、低位にある地方では、より高率の引き上げを意味することである。今年の改正では、鹿児島県は、東京よりも多い29円、率にして3.81%の引き上げを行ったのである。

政府は、「早期に全国加重平均が1000円になることを目指す」としている。この政府方針が堅持されれば、最低賃金大幅引き上げの流れは今後も続く可能性が高い。しかし、地域間格差を縮小、あるいは拡大しないようにしながら、平均1000円を目指すのは容易なことではない。本年の鹿児島県の引き上げ率を見れば明らかであろう。

こうした課題に目をそらしたまま引き上げを続けることはできない。結局は、経営状況が厳しい地方の中小零細企業にしわ寄せがいき、事業継続を困難にさせる事態を招く。停滞する地域経済にとっても大打撃となるのは言うまでもない。

地方で大幅引き上げを継続するのは大変困難を伴う課題である。処方箋は出すのは大変難しいが、事業者の理解を得つつ、同時に事業者による経営改善を促し、地域経済への影響を回避しながら進める、こうした地道な方法以外に道はないだろう。

生産性向上に取り組む事業者への支援強化とその実効性確保が特に重要であるが、その前段として、なぜ平均1000円を目指すのか、その根拠、考え方を丁寧に説明し、事業者の理解を得ていくことが肝要である。最低賃金引き上げが雇用や地域経済にどのような影響を及ぼすのか、最低賃金引き上げでどのような地域の将来像が描けるのか、専門的な知見を集め、論議の場に提供することが説得力を高める。また、10%を超える最低賃金引き上げで深刻な雇用削減の事態を招いた韓国の失敗例にも学ぶ必要がある。

諸外国に比べて低位にあると言われている日本の最低賃金。その引き上げは大切な政策である。ただ、地域経済の実態とかけ離れた急激な引き上げには深刻な副作用が伴う。地方の中小事業者の理解を得ながら進めるなど、慎重な配慮が必要である。

 

2019.09.17