金融面から、高齢者のお金の運用を考える

大正大学地域構想研究所では、私が主査となって公益財団法人トラスト未来フォーラム(*1)の委託を受けて「人口変化の下での地域と金融についての研究」を行っている。この研究会での議論を参考に、高齢化の影響を金融という側面から考えてみる。

著者:大正大学 地域創生学部教授 小峰隆夫

ライフサイクル仮説から得られる、高齢社会の展望とリスク資産の関係

一生の間にどのような貯蓄・消費行動を取るかについての代表的な理論が「ライフサイクル仮説」である。私たちは、仕事をして稼いでいる間に老後の資金を貯蓄しておき、老後になったらその貯蓄を取り崩して消費生活を維持しようとする。このため、高齢化が進むと貯蓄する勤労者よりも、貯蓄を取り崩す高齢者が増えてくる。すると、一国全体の貯蓄率は低下する。これがライフサイクル仮説から得られる高齢社会の展望だ。

もう一つ、家計が保有する金融資産には預貯金のような固定金利で元本が保証されている安全資産と、経済情勢によって利回りが変わるリスク資産がある。株式や投資信託がその代表だ。

リスク資産は、短期的には安全資産よりも利回りが低くなる可能性もあるが、長期的に保有し続ければリスクは相殺されるので、リスクがある分だけ安全資産よりは高い利回りを得られる。

これを年齢との関係で見ると、若年層ほど長期保有が可能なのでリスク資産を保有し、高齢者は老後の安定のためにも、安全資産を保有すると考えられ、高齢化はリスク資産への投資を減らすことになる。つまり、高齢化の進展を金融の側面で見ると、貯蓄率の低下によって資金の絶対量が足りなくなり、その資金もリスクの高い事業に向かわなくなる、という展望が描かれる。

 

では本当に、高齢者は会社を退職し、第一線から退くと貯蓄を取り崩すのだろうか。前述した研究会のメンバーでもある祝迫得夫(いわさことくお)一橋大学経済研究所教授によれば、近年、日本の貯蓄が減少傾向にあることは間違いないが、これを年齢別に見ると20歳代前半と、50歳代後半の貯蓄が大きく減少している。高齢化の影響はもちろんあるが、人口構成の変化で説明できる貯蓄率の低下は3~4割であり、3分の2近くは勤労世代の貯蓄率の低下によるものだという。

祝迫教授は、慶應義塾大学による「日本家計パネル調査(*2)」から、高齢者の貯蓄の取り崩し状況を調べている。その結果によると、退職や引退後も、貯蓄の取り崩しよりも、逆に貯蓄の積み増しが想定されているという。

また、「自分自身は貯蓄の取り崩しに慎重かどうか」を尋ねたところ、自らを「貯蓄の取り崩しに慎重」と考える世帯数は、「そうではない」と考える世帯数の3・6倍に達しているという。さらに、貯蓄の取り崩しに慎重である理由を尋ねると「病気や災害への備え(73・5%、複数回答)」「想定外に長生きに備える生活資金(47・2%)」「特

に目的はないが安心のため(41・7%)」という答えが多い。なお、「遺産を残すため」という答えは11%とあまり高くない(下の表参照)。

 

リスク資産の保有割合は、若年層よりも高齢層で高い

もう一つの「安全資産か、リスク資産か」という点についてはどうか。詳しいデータは省略するが、これも祝迫教授らの研究によれば、リスク資産が保有資産に占める割合は、若年層よりも高齢層で高いという、当初述べた仮説とは真逆の結果が得られている。その理由としては、①高齢者の方が金融資産の保有額が大きいこと(余裕資金が多いほどリスク資産に向かいやすい)②高齢者の方が金融・資産運用に関する知識が豊富であること(金融リテラシーが高いほどリスク資産に向かいやすい)などが考えられる。

すると、現実に起きていることは、高齢者は退職・引退後もそれほど貯蓄を取り崩さず、けっこう高い割合で、株式投資などのリスク資産を保有しているということである。今後高齢化が進み、高齢者の貯蓄が増え続けると、リスクの高い事業への投資も起こりやすくなるかもしれない。

高齢者が、自らの判断でリスクを取って、REIT(リート、不動産投資信託*3)やクラウドファンディング(*4)などを通じて、経済の活性化に貢献する道も考えられる。しかし、これは高齢者の将来への不安が大きいため、貯蓄を取り崩さないからこそ起きていることである。

組み合わせを変えて、若年層がよりリスク資産を保有するようになり、高齢者はお金を溜め込むのではなく、安心して消費生活を送ってもらう方が良さそうである。

 

安定した社会保障制度の構築と、金融に関する知識や情報を正しく理解すること、自らが主体的に判断する能力「金融リテラシー」教育の充実などは、リスク資産を運用するためにも必要なことなのである。

 

*1:公益財団法人トラスト未来フォーラム…信託制度の健全な振興と発展を図るため、1987年7月に設立。国内及び諸外国における信託に係わる調査や研究などを実施し、優れた研究や活動に対して助成を行っている。

*2:パネル調査…同一の調査の母集団を固定して、同一の調査対象をある期間、追跡して行くという調査方法。

*3:REIT…real estate investment trust の頭文字をとった略語。投資家から集めた資金を不動産に投資し、その賃料収入などから得られた利益を投資家に分配する投資信託。

*4:クラウドファンディング(Crowdfunding)…インターネット経由で不特定多数の人々から資金調達を行い、商品開発や事業などを達成する仕組み。

 

2018.10.01