劇場型と共有型

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
小峰 隆夫

先日、大学の問い合わせフォームを通じて、ある高校生から私に会いたいという依頼があった。この学生は、「経済学を通した地方創生」について学びたいと考えており、私に話を聞きたいということだった。
せっかく私を指名してくれたので、会って1時間ほど話をした。私は最初に「なぜ私に会おうと思ったのですか」と聞いてみた。その問いに対する答えは、グーグルで検索したのだという。「へー」と思って、その後私も実際に検索してみたのだが、確かに「経済学 地域創生」で検索してみると、真っ先に私が書いた当地域構想研究所の研究レポート「経済学の視点から地域創生を考える」(2019年12月)が出てきた。ネットの力は大きいと改めて感じた。

さて、肝心の高校生との対話なのだが、高校生の方は当然ながら「どうすれば地域を活性化できるのか。その場合経済学をどう生かせるのか」という問題意識だったのだが、私の回答は、「経済学の知識を身に付けたからといって、地域活性化の素晴らしいアイディアが湧いてくるわけではない。しかし、経済学は地域問題を理解し、より効率的に地域行政を行っていく上で、役に立つ面がたくさんある」というものだった。
私はそういう説明をしながら、「地域の活性化策には二つのタイプがあるのではないか」という考えが浮かんだ。以下、その考えを説明してみよう。
私が考えた第1のタイプは「劇場型地域活性化策」だ。全国には、いろいろ特徴的な地域づくりで活性化に成功した地域の例がある。歴史的な街並みを生かして多くの観光客を呼び込んでいる岐阜県高山市、ゲゲゲの鬼太郎の妖怪ブロンズ像を町中に設置している鳥取県境港市、廃校寸前の高校を全国から生徒が集まる人気校に変えた島根県海士町、サテライトオフィスで企業誘致に成功した徳島県神山町、木の葉を料理のつまものとして販売して高所得農家を生み出した徳島県上勝町などがある。
これらの地域は、独創的なアイディアを活かした目立つ成功地域であり、見学者が続々とやってくる。それが「劇場型」と名付けた理由だ。
もう一つのタイプは「共有型地域活性化策」である。これは、それによって特定の地域が突出して活性化に成功するというわけではないが、地域における行政をより効率化したり、地域に暮らす人々のウェルビーイングをより高めることに貢献するような政策であり、しかも「誰もが共有できる」という大きな特徴を持っている。

筆者は、当研究所で、自治体の将来を担う若手・中堅職員向けの「地域戦略塾」を開設しているのだが、この塾では、地域政策を実践していくに際しての道具を知ってもらうことにしている。私の専門分野である経済学の分野では、行動経済学に基づくナッジ、フューチャーデザイン、マーケットデザインなどの新しい手法が登場してきている。塾の参加者には「こういう道具がある」ということを知ってもらって、自治体の道具箱に収納してもらう。その道具を使うかどうか、どんなところで使うかは各自治体の判断である。要するに政策のオプションを増やそうということである。これがまさに共有型地域活性化策である。

劇場型地域政策と共有型地域政策には次のような違いがある。第1は、効果の違いだ。劇場型は成功すれば効果は絶大で、成功した自治体は地域づくりのヒーローになる。ただし、成功する確率は小さい。
これに対して、共有型は、行政の効率が向上したり、住民の満足度が高まるという効果はあるのだが、それによって地域の所得が大きく増えたり、移住者が増えたりするといった目立った効果があるわけではない。しかし、ほとんど失敗することはない。汎用的な手法が伝達可能な形で確立しているからだ。
第2は、仕掛けが大掛かりになるかどうかだ。劇場型は、地域全体の方向を決する政策となるから、首長がまたは強力なリーダーシップを発揮する人が音頭を取って、かなりの予算をつぎ込んで政策を進めることになる。
これに対して共有型は、現場の職員レベルで実行可能なものが多い。大規模な予算は必要ないし、場合によってはほとんどお金をかけずにできるものも多い。
第3は、競合するかどうかということだ。劇場型は、観光客を誘致するにせよ、企業を呼び込むにせよ、地域資源を生かした産物を販売するにせよ。基本的には他地域との競争である。だから、単に真似をしただけではうまく行かないことが多い。
これに対して、共有型の方は、真似をしても真似をされた方に何の影響もないので、競合は起きない。例えば、ナッジの手法を使って、ある自治体が固定資産税の納入について効果的な呼びかけができるようになったとしよう。それを知った他の自治体が真似をして同じような呼びかけをしたとしても、最初にそれを行った自治体には何の影響もない。まさに共有可能なのである。
高校生との対話を通じて、地域戦略塾ではこの共有型地域活性策に力を入れようと改めて思ったのだった。

2024.04.15