異次元の少子化対策 そのあり方を考える

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
小峰 隆夫

岸田文雄首相は年頭の記者会見で、「異次元の少子化対策に挑戦」することを挙げ、「6月の骨太方針までに将来的なこども予算倍増に向けた大枠を提示」すると述べた。これを受けて、政府は子育て支援の予算を大幅に増やすことになるだろう。この機会に少子化対策のあり方についてまとめておく。

楽観的な目標を掲げ続けることは人口問題に対する危機感を薄れさせる

少子化関連予算の現状を見よう。下の図は児童手当、育児休業給付、児童福祉サービス給付などの家庭政策支出のGDP(国内総生産)比を国際比較したものである。

日本の場合、財政支出の大部分は社会保障関連支出の一部であることに注意が必要だ。日本では、年金、医療、介護などの社会保障関連支出は、高齢化の急速な進展、団塊の世代の後期高齢者入りなどにより、毎年膨張し続けている。高齢者関連の社会保障費が増えているところに、少子化対策としての社会保障費が加わることになる。
すると、当然ながら財源問題が出てくる。考え得る財源は三つしかない。「赤字国債に頼る」「少子化対策支出が増える分、高齢者向けを削る」「消費税の増税」である。
筆者は、高齢者向けを可能な限り合理化して、足りない分は消費税を増税するしかないと思っている。だが、現実にはかなりの部分を赤字国債で対応することになるだろう。これは、将来世代への負担の先送りであり、長い目で見るとかえって少子化を助長しかねないと思う。
異次元の少子化対策を目指すのであれば、これまでの人口政策目標を見直すことも必要だ。これには、政府は二つの具体的な目標を掲げている。
一つは「合計特殊出生率(以下、出生率)1.8」、もう一つは「人口減少を1億人でストップさせる」である。1.8という出生率は、「希望出生率」と呼ばれ、結婚したい人がすべて結婚し、産みたい子どもがすべて生まれた時の出生率である。2020年(令和2)に閣議決定された「少子化社会対策大綱」では「一人でも多くの若い世代の結婚や出産の希望をかなえる『希望出生率1.8』の実現」が少子化対策の基本的な目標として明示されている。

人口1億人目標は、2014年(平成26)の骨太方針で示されたが、これを出生率に置き換えると、「2040年頃までに出生率を人口の置換水準(人口を一定に保つために必要な出生率のレベル)である2.07にする」こととなる。
しかし、この二つの目標は既に破綻している。1.6程度のようだ。希望を最大限かなえても1.6にしかならないのだから、出生率1.8も2.07も、その達成は絶望的である。
つまり、この二つの目標は、非現実的で過度に楽観的ということだ。人口問題の結果は、10〜20年先になるため、目標設定に対するチェックが甘くなりやすい。しかし、楽観的な目標を掲げ続けることは、人々に人口問題に対する危機感を薄れさせることになる。現実にそぐわなくなった政策目標は、できるだけ早く改めるべきである。
これは地域にとっても重要なことだ。各地域の人口展望も同じ問題に直面しているからである。政府は、2014年に国の人口ビジョン(具体的には「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」)を示し、これを受けて2015年にはほとんどの自治体が各地域のビジョンを作った。
ところが、この国の人口ビジョンは人口1億人目標との整合性を持たせるために「出生率は2020年に1.6程度、2030年に1.8程度、2040年に2.07」という想定を示し、各地域もこれを踏まえた人口ビジョンを作成。つまり、各地域の人口ビジョンもまた、過度に楽観的なものとなってしまったのである。

少子化対策には長期的と総合的な視点が求められる

筆者は、人口政策については10年程度の短期的目標と、20〜30年程度の長期的目標を分けるべきだと考えている。具体的には、短期では現状の希望出生率1.6を目標にする。結婚したい人がすべて結婚し、産みたい子どもがすべて産まれたときの出生率が1.6だから、まずはそれを目指すのが妥当だろう。
そして長期的には、その希望出生率を1.8程度まで引き上げることを目標にする。長い目で見て、結婚、子育てにやさしい経済社会を築いて行けば、結婚したい人が増え、産みたいと思う子どもの数も増えることが期待できるはずだ。
最後に、少子化対策の予算を増やしただけでは、少子化は止まらないことも覚悟すべきである。
これは、日本の経済社会が時代の変化に追いついていないことが、少子化となって現われている
という面があるからだ。
例えば、現状では多くの女性が子育て終了後に、非正規雇用の形で社会に再参入してくる。ところが、日本では正規と非正規の差が大きいので、非正規雇用では能力を十分生かして、それにふさわしい報酬を得ることが難しい。また、男性が正規雇用である場合、長時間労働や転勤により、男性の家事・育児への参入が不十分となっている。
こうした雇用慣行や男女の役割分担意識を変えないと、少子化も止まらないだろう。柔軟な雇用制度、男女共同参画社会の確立、多様な家族の形態の容認といった課題に取り組んで行くことが、結果的に少子化に歯止めをかけることにつながるのである。少子化対策には、長期的かつ総合的な視点が求められる。

(『地域人』第88号掲載)

2023.06.15