サステナビリティとフューチャーデザイン

著者
大正大学地域構想研究所教授
小峰隆夫

近年、地域創生との関係で「サステナビリティ」という言葉をしばしば耳にするようになった。これを明確に定義するのは難しいのだが、私はその本質的な意味は、どうすれば「現世代にはあまり関係がないが、将来世代のプラスになる」ような意思決定を実現できるのかということだと考えている。そうした意思決定を実現する仕組みとしてフューチャーデザインという試みがある。

サステナビリティ問題とは何か
地球温暖化と財政問題が典型例

最近サステナビリティ(持続可能性)という言葉はやや乱用され気味のような気がする。地域問題についてもサステナブルな地域活性化、サステナブルな観光などといった言葉を目にしたりする。

経済学の分野ではサステナビリティという概念はかなり前から存在していた。私のサステナビリティ問題の定義は、「現在は問題がなくても、その状態を続けていると将来大きな問題に発展するような問題」ということである。典型的な例をいくつかあげよう。

一つは地球温暖化問題だ。温暖化ガスの排出によって、温暖化が進んでいるのだが、現時点でそれによって破壊的なことが起きているわけではない。しかし、現状のような温暖化ガスの排出が続き、温暖化がさらに進むと、海面の上昇、シベリアの永久凍土の溶解、熱帯地域特有のマラリアの広域化などのとんでもないことが起きる。これは、「今は大丈夫だが、今のままの状態を続けていると、やがて大問題になる」というサステナビリティ問題の典型だ。

もう一つの典型例は、財政赤字だ。現在、日本のフローの財政赤字は先進諸国中最悪である。しかし、今のところ、これといって財政赤字を理由とする問題は起きていない。しかし、今のようなフローの赤字を続けていると、累積赤字のGDP比がどんどん上昇していく。その比率は現在GDPの2.5倍程度となっているのだが、これが3倍、4倍となっていったら、どこかの段階で経済に破滅的なことが起きる可能性が高い。これもサステナビリティ問題である。

他方で、ここで述べた厳密な定義を適用すると、現在我々が直面している人口問題は、サステナビリティ問題ではない。人口問題は現時点で既に、人手不足問題、社会保障関係費の負担問題など大きな問題を起こしているわけだから、 「現時点では問題ないが、将来問題になる」という定義に当てはまらない。またサステナビリティ問題として取り上げるのは、現時点で何らかの手を打てば、将来の問題の顕在化を防ぐことができるという前提に立っているわけだが、そもそも、日本の人口をサステブルに保つことは不可能だ。

日本の場合、合計特殊出生率を2.07程度に高めないと人口を維持できないのだが、2019年の合計特殊出生率は1.36であり、どう頑張ってもこれを2.07にするのは難しい。日本の人口は減り続けざるを得ないのであり、そもそもサステナビリティを回復できないのである。

「仮想将来人」の声を聞く
ヒューチャーデザインの試み

さて、ここで定義したようなサステナビリティ問題は、現代の民主主義の下では適切な対応が取られにくい。こうした問題は、現時点では大きな問題が起きていないので、現世代だけが参加する民主主義の下では、十分問題意識が浸透しないのである。

例えば、誰もが財政赤字を削減しないと大変なことになると感じていても、 「自分が生きている間にそうした大問題が起きることはないだろう」と考えると、真剣に財政再建策を実行しようとはしない。地球温暖化の問題も同じである。財政再建も温暖化対策も現世代に何らかのコスト負担を強いることになるのだが、その恩恵を受けるのが将来世代で、自分たちではないという状況の下では、進んでコストを負担しようとはしないのである。

仮に、将来世代が政治的意思決定に参加できたら、 「温暖化ガスの排出を抑制してくれないと我々が大変なコストを払うことになる」「財政を再建しておいてくれないと、我々の世代が大きな被害を受ける」と発言するはずだ。

この「将来世代の考えを反映できない」ということは、我々が依拠している民主主義の大きな制度的欠陥だと言える。これはちょっと対応できそうにない欠陥だが、これを何とかしようという試みがある。「フューチャーデザイン」という考え方がそれである。

フューチャーデザインというのは、民主主義や市場の意思決定に将来世代を取り込むような仕組みをデザインし、それを実践していこうというものである。日本発の考え方で、高知工科大学の西條辰義教授、大阪大学の原圭史郎教授らを中心とした研究グループが提唱したものである。

もちろん、まだ存在しない将来世代の声を聞くことはできない。そこで、西條氏らのグループが着目したのが、 「現世代の人も完全に自己中心的なのではなく、将来世代のためになるのであれば、自分たちの利得を削ってもいいという気持ちを持っている」ということだ。これは現世代が「将来可能性を持つ」と定義される。そして、現世代の将来可能性を最も発揮できるような仕組みをデザインしようというのが、フューチャーデザインの考え方だ。

具体的には、意思決定の際のグループの中に「仮想将来人」を入れるのである。参加者に、 仮想将来人、例えば20年後の人になったつもりでプロジェクトを考え、意見を出してもらうのである。

このフューチャーデザインの考え方は既にいくつかの地方公共団体で試みられており、かなりの成果が出ている。私もこれに着目して、実践例を勉強しているところである。いずれ機会があれば、具体例についても紹介することにしよう。

「地域人」第69号掲載

 

2021.09.15