そこにしかできない商品開発②

著者
大正大学地域構想研究所 教授
北條 規

消費者ニーズの変化、新興国の台頭による価格競争、そして下請けとしての受注激減など地場産業の中小企業は極めて厳しい経営環境に置かれている。産地問屋が崩壊し、インターネットで消費者が買い物する時代の中、中小企業は自ら商品開発から販路開拓まで一貫して取り組まなければならない。これからのものづくりにおいて、これまで進化させてきた技術を活かし、新興国の量産型モデルにはない品質の高い製品を製造できる熟練職人による繊細な手作業も活かした新たな戦略も急務となっている。そこで今号では、手仕事の付加価値を活かしながら市場獲得している事例を紹介する。

新潟県の金属加工会社・株式会社諏訪田製作所「ニッパー式爪切り」

諏訪田製作所は刃で針金を挟んで切ったりする大工道具「喰い切り(喰い切りとは、鋏の一種で、左右の刃をすり合わせて切る一般的な鋏ではなく、刃を食い込ませて切る鋏のこと)」の生産から始まって創業93年を迎えた老舗だ。この企業が製造するニッパー式の爪切りが1本7千円もするのに世界でも人気となっている。オートメーションで製造するのではなく手仕事で作り上げるため、1本製造するのに3か月かかり、年間約10万丁を製造している。

ニッパー式の爪切りは世界のネイルアーティストや病院関係者が使用しているだけあって、その耐久性、切れ味がどんな類似品が出ても追随を許さない。この耐久性の秘密は「鍛造工程」にある。

約1,000度の高温で真っ赤に熱した刃物鋼材料を400tの力で叩いて鍛え、硬い刃の爪切りのベースをつくっている。この強さで鍛造する工場は諏訪田製作所以外にはないそうで、一般的には10分の1以下というから強靭な耐久性を誇るのもうなずける。鍛造した爪切りの部品は精密に加工され、「研磨・研削」の工程に入る。この作業も20~30の工程があって、その全てに熟練した技術が必要で、一人前になるまで10年はかかるそうだ。研磨職人の3割は女性が占めている。

そして抜群の切れ味を作り出す大切な工程が「合刃(あいば)」だ。この工程が諏訪田製作所の真骨頂だ。隙間なくぴったりと刃を合わせることができるかで、切れ味が変わってくるそうで、高い合刃の技術が、他とは一線を画する驚きの切れ味を実現する。この工程は70代、80代の超ベテラン職人も現役で活躍している。目視と指先の感覚で刃合わせは機械ではできない卓越した技をもつ職人だからこそできるのである。

さて、諏訪田製作所のある取組が金属加工の産地である燕三条地域を大きく変えた。それはオープンファクトリー化である。三代目小林知行社長は2006年に工場を大改造した。製造工程を全てガラス張りで見えるようにして、常時工場見学ができるように大規模なリニューアルを実行した。作業工程はシークレットがいい、技術が盗まれる、気が散って作業に集中できないなど反対意見が圧倒的だった。しかも改造費に2億円を借金した。当時の売上が5億円規模から考えるとかなりのリスクだったことが理解できるだろう。

工場入口から入ると廃材を利用したオブジェが置かれ、製造工程が順番に見られる。説明のモニターもあって何の作業をしているか、機械が苦手な人でもわかりやすい。400トンの鍛造工程は真っ赤な鋼材が叩かれれドド~ンといった響きに圧倒される。職人の手仕事も間近に見られ、肝でもある「合刃」の様子も手に取るようにわかる。現在では年間3万人も工場見学にやってくるようになった。工場には併売店が併設されているが、見学者が製造工程を観て、製品の付加価値を知るわけだから、購入に結び付いている。企業秘密でもある職人の手仕事を全てオープンにしたことで、耐久性、切れ味を担保する各製造工程の手間、緻密な手仕事など製品の価格の妥当性を理解することができるわけである。

燕三条地域では毎年「工場の祭典」というオープンファクトリーイベントを開催している。参加企業も年々拡大し、2018年は「工場(KOUBA)」93社に加え、「農業」を営む8社が「耕場(KOUBA)」として、そして、KOUBAでつくられた アイテムを販売する「購場( KOUBA)」8社も参加。地域ぐるみの展開に成長してきた。加えて「産地の祭典」も実施され、全国各地の産地が集結して産品の販売、トークイベント、ワークショップなどを展開するまでになっている。集客数も53,000人(2017年)を数え、異業種や他産地との連携など産地が取り組むオープンファクトリーの代表格となっている。このイベントも諏訪田製作所が先んじてオープンファクトリー化に取り組んだことがきっかけとなっており、現在では10社前後が通年で見学できるようにもなってきた。

地場産業の産地は極めて厳しい環境下におかれている中、オープンファクトリーで製造工程を見てもらうことで、その企業の技術力や製品の付加価値を伝えることはもちろんだが、消費者との交流の中で新たなファンの醸成と市場ニーズも集めることにもつながっている。手仕事の技は一朝一夕に真似することは難しく、グローバル化の中でも競争優位性を発揮できる経営資源である。今一度、社内にあるいは地域の手仕事の価値を掘り起し、新たな用途開発そして付加価値化につなげてほしい。2020年はオリンピックだけで1000万人が日本に集まる。訪日外国人は年々拡大しており、地域にも魅力を求めて足を運ぶだろう。そのチャンスを活かしてほしい。

2020.01.15