地域が「しごと創出」に向き合うということ

著者
地域構想研究所 主任研究員
中島 ゆき

(塩尻市のメイン通り/大門商店街。この中心街に市役所、SUNABA、古民家再生プロジェクトのen・toなど、さまざまな活動と人が集まる)

地方創生の取り組みとして、関係人口創出に力を入れている地域が増えてきたここ数年。これまでいくつかの課題があり、多く議論されてきましたが、このところ、議論は少し収束し、地域ごとに方向を見定め、特色ある取り組みが多く出てきているように見えます。

ひとつのキーワードは「しごと」です。

関係人口やUIターンの促進に注力している地域では、地域外の人々に積極的に地域に来てもらい移住などをアピールする。一方で、同時に「自分の地域には仕事がない」と嘆く地元の人々も少なくありません。

筆者は、ここに若干の違和感を持っていました。

というのも、「地域に仕事がない」というのは、確かにある側面ではその通りなのだと思います。それは、求人情報をみると明らかで、地域名で仕事を探すと、(人手が足りなく求人数が多い地域もあるが)仕事は少ない。職種のバラエティも少ないという地域が多いでしょう。

それをもってして「地域に仕事がない」や「若者が好む仕事がない」というセリフはごもっともであります。

しかし、同時に、人手が足りない!という地域の中小企業が多いのも実情ではないでしょうか?

この相反する言葉の実際の課題は、「この作業ができる人」という求人に出しやすいスペックで表せる人手不足と、具体的に「今すぐこの作業を」というのではないが、一緒に頑張ってくれる人をいつも探している人材不足との違いにあるのではないか。

この人材不足の解消と関係人口創出は親和性が高いのでは、と考えていました。地域が関係人口創出を政策として進める場合、これこそが地域が元気になる発火点になるのではないか。そんな思いを2~3年前から抱えていました。

そんなときに発見したのが「ながの人事室」です。このポータルを運営するNPO法人MEGURUの代表、横山さんにお会いしたのが、塩尻市との最初の接点でした。

そんな背景があり、大正大学地域構想研究所「地域戦略人材塾」が視察で塩尻市を訪問した時、必ず「ながの人事室」のお話をしてもらいたいと思っていました。

塩尻市視察レポート第3弾ではありますが、今回は「関係人口と地域としごと」について、少し広く考えてみたいと思います。

長野県塩尻市への視察レポート(1)
官民一体となって、地域を変革するためには
https://chikouken.org/report/report_cat04/15312/
長野県塩尻市への視察レポート(2)
人がつながる「場」づくりに欠かせないものとは?
https://chikouken.org/report/report_cat04/15416/

人と企業の想いをつなぐ「ながの人事室」

物腰がやわらかく、各段声が大きい訳ではないのに、彼が話始めるとなぜか聞き入ってしまう、そんな雰囲気のある横山さん。視察の初日最後に、「ながの人事室」のお話し含め、「地域としごと」についてお話をしていただきました。

(優しい語り口調でも、内容は熱い!濃い! NPO法人MEGURUの横山氏)

「地域には人事部を置いている企業が少なく、採用や人材育成などの機能を補う必要がある」と横山さんは語ります。その言葉の背景には、地域社会全体で人と企業の成長にコミットする「地域の人事部」(※1)という構想があります。

「ながの人事室」は、人と企業の想いをつなぐ場として、多様な取り組みを行っています。「ながの人事室」の求人掲載は、人手不足解消ではなく、人材不足にアプローチし、そこから地域が元気になることを目指しています。

企業の思い、コンセプト、働き方を発信し、そこに共感した人が応募してくる、ここが通常の求人サイトと大きく違いところです。
多くの中小企業は専門家のいる人事部を持っていません。そのため、具体的にスペックを明示して求人情報を出すというのが難しいのです。また、不足感のある人材不足が、何であるのかが、企業側で明確になっていない場合も多いのです。

「ながの人事室」は、そこに着目しています。その企業にどんな人材がいると良さそうか、経営者や職場の人たちの働き方や思いを聞き、それを具体化して採用情報を発信しているのです。その経営者の思いや、社員の働き方を読んで「自分もこんな働き方をしたい」と思った人がエントリーしてくるのです。これが、「ながの人事室」のすごいところです。

「人と企業の想いをつなぐ」というコンセプトはここにあります。

たとえば、根羽村役場では、2年連続の社会増を果たし、消滅可能性都市からの脱却に村全体で取り組んでいる情熱を注ぐ職員が活躍している姿がサイトで生き生きと語られています。なんと、2年がかりで全村民インタビューをし、村の未来を考えたそうです。「決められた仕事をきちんと行う」という既存の公務員のイメージを超え、「多能工型職員」として活躍していく方を募集中です!
また、南木曽町のゲストハウス「結い庵」。築200年以上の空き家だった古民家を2年以上の歳月をかけながら、日本だけでなく世界各地から旅人を迎え入れる宿として再生し、地域で3棟のゲストハウスを経営しています。一見すると、一般的なゲストハウスの運営、そのスタッフの募集のように見られますが、その内容は生き方そのものです。「日々の小さなディテールの積み重ねが全体をつくり、ゲストの感動を生む宿につながる」というテーマを、経営者もここで働く人たちも持って日々の仕事をしていることが、文面から伝わるのです。

(ながの人事室の求人一覧/求人情報は、地域おこし協力隊の募集から、正社員、パートアルバイトなど幅広い雇用形態がある)

https://nagano-jinji.jp/

しごとを作るという視点にたつのではなく、「誰しもが持っている、自分の人生をこう生きたいという“思い”に寄り添う」(横山さん談)と、それが生業につながり、しごとになる。地域全体が、地域の資源を生かしながら、人の生き方ややりたい!を応援し、そこから「しごと」が生まれてくるということなのではないか。だからこそ、外からきた人は地域に根付き、地域で生きるのではないか、そんなことを考えさせられる「ながの人事室」なのです。

地域が「人がはたらく」を追求している

塩尻市では、「旅する古物商」さんや「旅する花屋」といった不思議な肩書や「ソトイク・プロジェクト」や「〇〇〇プロジェクト」などで活動している人たちがたくさんいます。

また、子育て中のママたちや時短就労者を対象とした自営型テレワーク推進事業「KADO」による多様な働き方の推進、シビックイノベーション拠点「スナバ」による地域課題の解決や起業支援、地域DXの新たな“核”となり、「最先端の技術を活用し、まちに変革を起こし続ける場所」となることを目指して地域DX(拠点である「core(コア)塩尻」など。地域全体で「人がはたらく」ことを追求しているようにしか見えない、大小さまざまな「はたらく」があちこちで見られるのが塩尻市の強さなのではないでしょうか。

(塩尻市ではたらく、活動している人たちを紹介するサイト「塩尻耕人」には、さまざまなしごとを生業としている人が登場しています)

http://www.shiojiri-koujin.jp/

(視察で訪れたCore塩尻/塩尻の”核”として、そして日本のDX震源地として「最先端の技術を活用し、まちに変革を起こし続ける場所」となることを目指しています。最先端の技術が日々開発される傍らで、子どもたちがeスポーツで放課後集まる場所でもあったり、と、ここはしごと創出の宝庫といえそうです。)

地域に根ざした仕事は、人々の生き方そのものに寄り添う。そして、その結果として、地域が活気づき、人々が笑顔で暮らす未来が描かれていく。これが、「ながの人事室」を通じて目指す、人と地域の持続的な成長循環モデルの実現なのです。

「しごと創出」は、単なる雇用の増加を意味するものではない。
それは、人々の生き方に寄り添うものであり、結果的に人々の生き方に共鳴する地域に人が集まるということを示している。
この視点こそが、これからの地方創生に欠かせないものなのではないか。

塩尻市の視察を通して、改めて考えさせられた気づきでした。

(視察会最終日、DX推進の先進地でもある塩尻市役所を訪問/「書かない窓口」がスタートしています)

さて、1月に訪問した塩尻市視察会の報告もこれで最終回です。「視察会やったよ!」というレポートを書くつもりはなく、塩尻市の地域が動いている現場の空気感を少しでも皆さんにお伝えしたいという気持ちで書いてきました。タイムリーなレポートにはなっていませんが、塩尻市の地方創生の根幹を3回に分けてお届けしました。地域や人、コミュニティの空気感は、現地に行かないと本当のところはわからないものです。今後も、地域構想研究所では、「なにやらスゴイぞ!」という地域を見つけて視察会を実施したいと思っています。「うちに是非来て」でも、「私も視察会に行きたい!」など、何らかのリクエストがありましたらお気軽にご連絡ください!

(※1):地域の人材不足の課題を解決するための「地域の人事部構想」
こうした、地域全体でしごとを考えるという取り組みとして、塩尻市は「地域の人事部構想」の先駆者となっています。「地域の人事部構想」は、地域の人材不足を解消するために設立されました。この構想は、地域の中小企業が単独では難しい人材確保や育成、定着支援を、自治体や地域の関係機関が一体となって支援する仕組みです。具体的には、兼業・副業人材の活用や、地域全体での人材育成プログラムの提供など、多岐にわたる支援活動を展開しています。経済産業省関東経済産業局が推進するこのプロジェクトは、長野県松本市や塩尻市を含む8つの自治体で実証事業を行い、地域の中小企業が抱える課題解決に取り組んでいます。
地域ぐるみで人材獲得・育成・活躍に挑む「地域の人事部」。
その勢いは全国に広がり、日本各地で地域の人事部事業が立ち上がろうとしています。

<地域の人事部全国フォーラムが開催されます>
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000010.000092851.html

NPO法人MEGURU(所在地:長野県塩尻市、代表理事:横山 暁一)とNPO法人G-net(所在地:岐阜県岐阜市、代表理事:南田 修司)は、2024年7月5日(金)に長野県塩尻市にて『地域の人事部 全国フォーラム』を開催いたします。

2024.06.03