南海トラフ地震はいつ起こる?本当にM9なのか?

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
加藤 照之

最近、南海トラフ地震に関連したニュースを目にすることが多い。これらを見ていて少し気になることがあるので触れておきたい。何が気になるのかといえば、メディアに登場する、次の地震までの発生確率は“30年以内に発生する確率が80%”という表現と、“「南海トラフ地震」はM9の巨大地震である”という表現である。これらの数値の表現は本当に適切なのだろうか?と感じている。
以下に政府の報告書に登場する南海トラフ地震に関する図を掲載する。

図1:南海トラフ地震の想定震源域と過去に発生した地震の履歴、南海地震、東南海地震、東海地震の震源域を黒楕円で示す。赤四角で囲った地震が統計解析に利用される(地震本部,2013,に加筆)。安政の東海地震と南海地震は32時間、昭和の東南海地震と南海地震は約2年の時間差をもって発生している。

図1は南海トラフ地震が古来どのように繰り返し発生してきたか、を時間(縦軸)と震源領域(横軸)で図示したものである。
歴史上最古の南海トラフ地震は白鳳の時代に発生したと言われる地震でこれは日本書紀に記載されている。以来、南海トラフ地震と呼べるものは昭和に至るまで計9回の地震が記録されている。地震と地震の間の数値は地震の間隔であるが、これを見ると、昔は200年程度の間隔であったものが、時代が下がるにしたがって次第に短くなっているのが見て取れる。これには、1300年頃以前のものについては史料が不完全なので見落としがある可能性がある、という考え方と、実際に次第に短くなってきている、という説があるが、文科省の地震調査研究推進本部(以下、地震本部)では、前者を取って、比較的資料がしっかりしている正平の東海・南海地震以降の6つの地震(図の赤枠)を統計的処理の対象としている(なお、時間差を置いて発生した安政の地震と昭和の地震もそれぞれ一つの地震として数える)。
正平の地震以降は5回の地震間隔があり、その平均はおよそ117年である。これを昭和の南海・東南海地震にあてはめると次の地震は2062年頃となるので、まだ少し余裕があるということになる。地震本部の発表は、この仮説を採用したうえで、純粋に“科学的”に数学の確率・統計の処理を行って導き出した“2025年1月1日を基準として30年以内に80%程度”という確率を導き出したものである。
しかし、もし後者、すなわち地震間隔が少しずつ短くなっているのがほんとうだとしたらどうだろう。仮に、安政の東海・南海地震と昭和の東海・南海地震の間隔の90年あるいは92年の後に次の地震が来るとすると、次の地震は2034~2038年頃に発生することになり、もうあと10年くらいしか猶予はない。もちろん、どちらの説も“仮説”にすぎず真の繰り返し間隔はわからない。確率で表現されると “切迫性”があまり感じられなくなってしまうのではないかと懸念されるので、防災の観点から言えば、次の南海トラフ地震までは意外と猶予がない、と考えておいた方がよいのではないだろうか。

次に、南海トラフ地震の規模であるが、南海トラフ地震にはいろいろな可能性があって、その最大のものがM9なのである、ということを知っておく必要がある。図2はこれらの場合の一例を図化したものである(地震本部、2013)。

図2:南海トラフ地震の想定震源域の一例(地震本部,2013)。最大の場合を赤枠で示す。

この図では南海トラフ地震の例として15個示されている。少し見にくくて恐縮であるが、それぞれが縦3列、横6列の升目になっていて、これは図1の南海トラフ地震の最大の領域(オレンジ色で表示)を浅いところから深い方に3列、西から東の方に6列に領域を区分けしたものである。そして、可能性として考えられる地震の震源領域を水色(時間差の場合は水色と紺色)で示したものである。
なお、図1の黒色の楕円で示したのは南海地震・東南海地震及び東海地震の震源領域である。メディアに登場する南海トラフ地震というのはこの升目すべての領域が破壊するという最大規模の地震で、図2の上から4番目に相当しM9.1となる。
これを見るとわかるように、そもそも南海トラフの最大の領域というのは、これまで起こった3つの地震の領域をすべて含み、それよりもさらに一回り大きな領域を考えているのである。これをふまえ、地震本部のある報告には“この地震・津波は、次に必ず発生するというものではなく、現在の知見では発生確率を想定することは困難であるが、その発生頻度は極めて低いものである”と書かれている。
最近の6つの南海トラフ地震のうち最大の地震は1707年宝永地震(M8.7)であり、それは図2の上から5番目のものである。この場合は深さ方向では中間の領域が東側5列の領域で破壊したことを示している。なお、もし歴史は繰り返すというのであれば安政の地震や昭和の地震のように、まず東側で地震が発生し、時間差をおいて西側で地震が発生する、という可能性が高いのではないだろうか。これは図2の下の方に4つの事例が示されている。この場合もそれぞれの地震のマグニチュードはM8を超えるので大きな被害が出ることは間違いないが、M9よりははるかに小さな被害が想定されている。なお、この場合には「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)」が発令されることになるので、この場合にどのようなことが起こるのか、を事前によくシミュレーションし、そのための対策を取っておかなければならない。

文献
地震本部,2013,南海トラフの地震活動の長期評価(第二版)について,94pp.

2025.09.01