新たな南海トラフ地震の情報にどう対応すればよいのか?

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
加藤 照之

2024年8月8日宮崎県の沿岸でM7.1の地震が発生し、これをきっかけとして「南海トラフ地震臨時地震情報(巨大地震注意)」が気象庁より発表された。これを見た方は、いったい何のことか?といぶかった方が多かったのではないだろうか。その後メディアのニュース等で解説があったのである程度は理解されたかと思われるが、筆者もこの件について多少関りを持っていたこともあるので、念のためその経緯や考え方について報告しておきたい。
この記事を読まれている方の多くは、かつて日本には“東海地震説”というものがあって、この地震は予知(地震の発生時刻の正確な予測)が可能とされ、予知できたときのための訓練が毎年9月1日に行われていた、ということはご存じだろう。2011年に発生した東北沖の地震は予知することができず、地震学は大きな批判を浴びた。この地震をきっかけとして、地震の予知は不可能という考え方が次第に広まっていった。
一方、東北沖地震がいくつかの過去の震源域を複数破壊した大きな地震であったことから、次の大きな地震の可能性としてとりあげられたのが南海トラフ沿いの地震である(図1)。

図1:南海トラフ地震の想定震源域及び南海地震・東南海地震・東海地震の震源域.2024年8月8日の日向灘の地震の震央を星印で示す(地震調査研究推進本部.2013.に加筆)

この地域では、1944年東南海地震、1946年南海地震など、いくつかの震源域でM8を超えるクラスの地震が発生してきた。1854年の安政の時代にはこれら2つの地震が32時間ほどの時間差を置いて発生した。さらにさかのぼると1707年の宝永年間には全体が同時に発生したのである。宝永地震の推定マグニチュードはM8.5前後である。南海トラフでも、M8クラスの地震が単独に、あるいは、時間差を置いて発生したり、全体が同時に発生してM9クラスとなるなど多様な発生が懸念されることになった。そして、東海地震も南海トラフ地震の中に吸収されたのである。図1には最大となる南海トラフ地震の想定震源域を示す。今回の日向灘の地震の震央も示しているが、その場所は想定震源域の南西端で発生したことが分かる。
政府の地震本部では南海トラフ沿いで発生する多様な巨大地震の発生予測を行い、現時点に立って、今後30年以内に発生する地震の発生確率が70-80%という推定を行っている。では、仮に地震予知が不可能としても、南海トラフ地震の発生確率が高まっていることを示すような何らかの事前予測はできないのだろうか。こうした疑問に答えるために、内閣府の中央防災会議では南海トラフでの巨大地震の発生前に生じる可能性のある事象を検討し、下記の3つの場合を想定することとなった(図2)。

図2:南海トラフ沿いで大規模地震発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まっていると考えられる3つの場合(中央防災会議、2018)

(1)南海トラフの想定震源域内の東側(または西側)で大規模地震(M8クラス)が発生した場合(→西側(または東側)で残りの部分が地震となる:半割れケース)
(2)南海トラフの想定震源域内でM7クラスの地震が発生した場合(→その地震が前震となって大きな本震が誘発される:一部割れケース)
(3)想定震源域内で“ゆっくりすべり”が発生した場合(→そのすべりが大規模な地震を誘発する)
内閣府と気象庁はこれらの想定された現象が見出された場合の対応を検討し、(1)の場合には「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)」を、(2)と(3)の場合に「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表することとした(図3)。

図3:南海トラフ想定震源域で大規模地震につながる可能性がある現象を観測した場合に気象庁が発表する情報(内閣府(防災担当)、2019)

今回の発表はこの(2)にあたる。ただし、これらの対応をとったからといって必ずしもすぐに南海トラフ地震が起こるとは限らない。かといって臨時情報を大地震が発生するまで延々と出し続けておくわけにはいかない。電車を止めるとか、学校を休みにするなど、社会的に影響の大きい対応をそう長く続けるわけにもいかない、ということで採用されたのは「7日間」という期間である。この程度であればなんとか耐えられるであろう、という観点から導き出された “我慢の限界”というべき期間である。では、この期間とはどのような意味を持つのであろうか。
(1)と(2)の場合には、なぜその期間に南海トラフ地震の発生可能性(確率)が高まっているといえるのか、を示す科学的根拠が図2に示されている。まず、南海地震の発生確率は「30年以内に70-80%」程度とされているが、これを「7日間」に換算するとおよそ千回に一回くらいは次の大地震が発生する可能性があるということである。歴史的にそのような事例を探してみると、まず(2)の事例では、M7クラスの地震が発生した後の7日以内にM8以上の地震が発生したケースは1437事例中6事例であった。すなわち数百回に1回程度はこのような連続した発生が見られたということである。M7地震のない場合で千回に一回であったものが、M7地震が発生した後の7日間では数百回に一回は起こりうる、ということで、“相対的”には数倍程度の確率の増加がある、ということを示している。そもそも、せいぜい千回に一回程度と“絶対的”には確率は低いのであるが、それが、M7地震が起こったあとは“数百回に一回程度”と少しだけ確率が上がったために“相対的に”大地震の起きる可能性が高くなったとして、この場合には“巨大地震注意”の臨時情報となる。これが今回のケースである。一方、南海トラフの半分程度の地域でM8クラスの地震が発生したとする(1)の場合には、歴史的な事例数に基づくと確率の増加は百倍程度と大きくなる。これに加えて、(1)の場合は既にM8クラスの地震が発生して大きな被害とその対応に追われている事態の中にあることや、過去の事例で昭和の東南海・南海地震や安政の地震の事例でM8クラスの地震が時間差をおいて発生したという実際の事例があることから、注意報よりは警戒度の高い“巨大地震警戒”という表現を使っている。
このような情報が出された時、我々はどのように対応すればよいのだろうか。メディアに登場する防災の専門家からは“正しく恐れよ”などという言説も聞かれる。地震の発生を“正しく恐れる”というのはどういうことを指すのであろうか。前記のような臨時情報下においては“平常時より相対的に発生確率が高まっているので防災体制をとる”とする姿勢と“絶対的には確率は大変低いので心配する必要はない”とする姿勢が拮抗していることになる。これらをつなげて言えば“大地震がすぐに起こるとは考えにくいが、仮に起こったとしても被害を小さくするために、念のため、身の回りの防災に気を配り、地震で倒れやすそうな家具等は固定する、避難先を確認しておくなど、できることをやっておく”、というのがせいぜいの対応であろう。旅行などを計画している方、祭りなどのイベントを企画している方、などはそれを中止する必要はないが、地震が起こったときのことを考えつつ、準備を進めるのが適切と考えられる。
日本全体を考えれば、恐れるべきは南海トラフ地震だけではない。地震は前触れなく突然発生することがほとんどであるという現状を考えれば、今回の、はじめての“南海トラフ地震に関する臨時情報”の発表をきっかけとして、いつ・どこで大きな揺れに遭遇してもあわてないように、個人や所属する組織において様々な防災への取り組みが進められることがまず、第一に重要であることを肝に銘じておきたい。

文献
中央防災会議防災対策実行会議・南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応検討ワーキンググループ,2018,南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応のあり方について(報告),61pp.
地震調査研究推進本部,2013,南海トラフの地震活動の長期評価(第二版)について,94pp.
内閣府(防災担当),2019,南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン【第1版】,138pp.

2024.09.02