はじめに
静岡県下田市は、豊かな自然に恵まれており、多くの文化的・歴史的資産があります。下田市は、これら自然、歴史、文化、人の暮らしから次代に残したい遺産を住民から募り、「下田まち遺産」として登録する制度を景観行政に組み込んでいます。これは全国的にも珍しいユニークな取り組みです(詳細は参考文献を参照)。これまでに154件の遺産が認定・登録されていますが、これらをもっと活用できないかとの声も聞こえます。筆者は、下田でボランティアとして景観保全に関わってきた方との対話を通して、まち遺産をコンテンツとするデジタル作品を学生たちが自由に制作する実習プログラムを考案しました。今回は、この試みによって期待される効果や意義を中心に紹介します。
下田市の旧町内(ペリーロード)で撮影をする学生たち
下田実習の概略
この試みは、表現学部の田島悠史先生と授業で協働するなかで具体化し、表現文化学科のプロジェクト型学習(PBL)の一環として実現しました。実際、2024年10月2日から4日にかけて下田で実習をおこないました。これまで下田市と打ち合わせを重ねて、まち遺産をコンテンツとする作品づくりに様々なご協力をいただきましたが、さらに市と共催するかたちで、地域の魅力を発信している地元の方々と学生たちの交流会、最終日には下田市市役所の産業振興課課長、観光交流課課長、下田メディカルセンター事務局長、下田観光協会事務局長、地域活性化のキーパースンの方々をお招きした中間発表会もおこないました。学生たちは、この間にいただいたアドバイスなどを踏まえて、今後、作品の完成を進めます。
実習最終日の中間発表会の様子
学生のクリエイティビティを刺激する
このプログラムの大きな特徴の一つは、学生たちがまち遺産をコンテンツとする作品を自由に制作できることです。地域・大学連携型のPBLには地域から依頼される課題解決に学生たちが協力するパターンがみられますが、今回は、学生自身の創作のために、地域資産を活用しデジタル技術を駆使して作品化をします。下田まち遺産には歴史、文化、自然などの多様なコンテンツが存在しているため、学生たちは自身の表現したいカタチに主体的にアプローチすることができ、学生たちのクリエイティビティを引き出すことが可能です。
複合コミュニティセンター「あたらよ」での交流会の様子
地域と学生の相互成長の促進
このプログラムのもう一つの大きな特徴は、地域と学生の相互成長を促進できることです。学生たちは下田まち遺産に触れることで、地域の価値や独自性を見出し、結果としてそれを発信する役割を担います。今回は、下田有線テレビ放送「きょうのニュース」や2024年10月4日付『伊豆新聞』にて、実習の様子を地域の方々に報じていただきました。今後、密着取材していただいた地元ケーブルテレビ局が今回の取り組みに関する番組制作も予定しています。また、下田市にとって大学生の視点は非常に重要であり、学生たちが作り出すデジタル作品は、新たな観光コンテンツとして活用できる可能性を秘めています。たとえば、地域の歴史を現代的な視点で再解釈した作品をインタラクティブなウェブサイトに発表することで、それまで下田に興味をもっていなかった層にアピールすることができます。また、若い大学生が下田まち遺産をデジタル資産化することは、新たな形による地域資源のブランディングにもつなげられるでしょう
学生にとっても、地域の人々との交流によって、大学では得られない経験ができます。たとえば、地元で表現活動を続ける人々、行政に携わっている方々のお話を聞ける機会は、地域に密着しているからこそ見える魅力や課題に対する理解を深めます。また、PBLを通して仲間とともに協働する力やフィールドワークのスキルも身につけられます。さらに、今回の自由な創作は、自己を見つめて表現する力を養える機会として有意義と考えます。
下田旧町内の全景
デジタルアーカイブとしての利活用
今回のプログラムによって、下田まち遺産に学生たちの感性をかけ合わせ、さらにデジタル技術を組み合わせることで、斬新で魅力的な地域の新たな「まち物語」を生み出せるかもしれません。このプログラムで生まれる作品に、そこで暮らす人々の声や思い出を融合させたデジタル資産化を進めていくことができれば、地域の記憶のデジタルアーカイブのコンテンツとして活用する展望が広がります。現在の下田旧町内のまちなみは、1854年に発生した安政東海地震の大津波の跡に形成されたものです。大規模な地震は瞬時にして地域の景観を変えてしまいます。デジタルアーカイブとしての利活用モデルは、他の自治体にも応用できますし、地震大国に暮らす私たちにとっても社会的意義がある試みなのではないでしょうか。今回の実習の詳細や成果は、また別の機会にお伝えしたいと思います。
参考文献
長谷川隼人、田島悠史「関係人口が生み出す伊豆下田の景観施策―大学・地域連携型授業の実践に向けて」『地域構想』(6)2024年3月