起業家は、事業を開始する前に「起業の目的」と「ビジネスモデル」を具体化する必要があるとの見解から、前編 では自己理解とセルフマネジメントの重要性が紹介されました。本編は、その後編記事となります。
深く知っている顧客を選ぶ
次にビジネスモデルだが、ビジネスモデルの最もシンプルな解釈は誰に(顧客)何を(商品・サービス)いくら(価格)で買ってもらうかを決定することである。そのためにはまず顧客を知らなくてはならない。しかし多くの起業家は顧客について既に知っていることが多い。なぜなら、起業のアイデアは自分あるいは家族・友人から与えられていることが多いからである。
再び卑近な例だが、筆者が大学・専門学校の中退対策支援サービスを立ち上げることができた1つの理由は、弟が中退経験者だったからである。また、若手クリエイターの支援事業を立ち上げることができたのは、父がカメラマン、母がデザイナーという家庭環境で幼少期を過ごしたところが大きい。サンプル数はN1かN2だが、顧客の生活パターン、期待、不安、ニーズを筆者は予めかなり深く理解していた。
世の起業スクールでは「起業にはマーケティングリサーチが欠かせない。顧客の声を広く集めることは極めて重要」と教えることが多い。確かにそれは一般的な指導としては正しい。しかしマーケティングリサーチを行なわず成功する起業家も多い。彼らは顧客を広く浅く理解するのではなく、顧客を狭く深く理解するという方法で予め顧客を知っているのである。自分や家族であれば、その生い立ちから本当の私生活まで深く理解することができる。過去の記憶をたどったり、踏み込んだ話を家族の一員として聴くことによって。
だから、もし初めて起業する人がマーケティングリサーチをしようとしていたら、その事業はその起業家が本当に取り組むべき事業なのか、改めて点検してみるのも一案だろう。特に最初の起業は、既に深く知っている顧客を選んだ方が、ビジネスモデル全体を構築しやすい。
もちろんマーケティングリサーチの価値は否定しない。大事なことは、あらかじめ知っていようが、マーケティングリサーチを実施しようが、最終的に深く知っている顧客を選ぶことだ。ただ、本当の意味で深く理解するには数回のマーケティングリサーチでは不十分かもしれない。より深く顧客を理解することが、優れたビジネスモデルの設計や商品・サービスのデザインには必要である。
学生・若者の起業に成功セオリーはあるか
ところで、学生や20代の若者が起業する際の成功セオリーはあるだろうか。筆者は起業家志望の学生や若者からの相談には「初期費用20万円以下、在庫不要、粗利率70%以上。その上で、同じ人から同じものを何度も買ってもらえるか、同じ人から違うものを何度も買ってもらえる事業を一回考えてみて」と提案してみることが多い。
初期費用が少なく、在庫を抱える必要がなく、粗利率が高く、同じ人から同じものを何度も買ってもらえる事業の利点は、低リスクであること、投資から回収までが比較的早いこと、営業コスト(特に新規開拓にかかるコスト)を抑えられること、そのおかげで精神状態を比較的安定させやすいことなどが挙げられる。
観光を通じて故郷に貢献したい学生であれば、宿泊業から始めるよりも着地型観光の方が難易度は低い。着地型観光で実力と資金を蓄え、次のステップとして宿泊や飲食に取り組む方が起業の初心者には合っている。
もしセオリーから外れる起業プランを実行に移すのなら、起業のリスクを下げる方法を事前に検討しておきたい。宿泊業であれば、よくあるリスクは宿泊施設の稼働率が開業後上がらないことである。であれば、先に顧客リストを積み上げておくのである。例えば、特定のテーマでイベントを開催し、宿泊業を営む観光地に興味を持つ人たちとのネットワークを起業前に作っておく。そういったことを行っているといないのとでは、特に開業1、2年目の売上は大いに異なる。
多くの場合、1、2年目の売上は起業前に手にした顧客リストの質・量に左右される。顧客リストから判断して売上見込みが不十分なまま起業するのは、相当なリスクを覚悟しなくてはならない。手持ち資金に余裕がなければ、無謀な挑戦になるかもしれない。
まとめ
起業家育成とは、上記のような内容を含む。すなわち、様々な働きかけを通じて起業家の自己理解の深化を支援し、適切な顧客を選び、経験の浅い起業家でも比較的コントロールしやすいビジネスモデルを構築するサポートをすること。加えて、(少なくとも)起業家自身がセルフマネジメントを習得するまでの間、間違った意思決定や燃え尽き・体調不良を未然に防ぐために、起業家に働きかけること。
次回は経営チーム作りやマネジメントをテーマに、起業家育成に関して考察する予定である。