起業家育成の進め方(2)

著者
大正大学地域構想研究所 特命教授
山本 繁

筆者は大学に勤める以前の15年間を社会起業家として過ごし、起業家やイノベーターと呼ばれる人たちと多くの時間を過ごした。その中で、偉大な情熱・リーダーシップを発揮し続けられる人には2タイプあったと感じている。「特定の対象への強い愛情・慈悲が意志や想像力の源泉である人」と「心にぽっかり穴が空いている人」である。加えて、長期にわたって社会的に成功し続ける起業家は一般にセルフマネジメントに長けているが、それを可能にしているのは深い自己理解だと考え至るようにもなった。自分の欲求・願望や不足・欠落を正確に理解・受容し、その上で起業の目的を設定できているかどうかという点に、セルフマネジメントの成功は大きな影響を受けるからである。

前置きが長くなったが、起業家は事業を開始する前に「起業の目的」と「ビジネスモデル」を具体化する必要がある。今回はこの2点について私見を述べる。

深い自己理解が起業家に必要な理由

これから起業する者、特に若い起業家がたった一人で深い自己理解に辿り着くことは稀だろう。一般論だが、それにはある程度の長さの歳月を重ねる必要がある。そこで起業家育成では、起業家が自己理解を深める手助けをすることが重要になる。

卑近な例になるが、筆者の場合、父親の失業経験が心にぽっかり空いた穴になっていた。テレビCMのカメラマンをしていた父は、バブル崩壊後、仕事を失った。私は父の血を引いており、自分も将来失業するのかもしれない、という不安を抱くようになった。高校時代の話である。筆者の起業の「真の目的」は、いつでもどこでも食べていける実力をつけることだった。この状態は起業家として適切ではないが、精神的に乗り越えたのは30歳を過ぎてからだった。そして「真の目的」を一定程度達成したと感じた後は、しばらく仕事に対する意欲は低下した。その後、新しい目的を探し求めた。それは結果的に、自分自身の内側にある愛情や慈悲を見つける作業になった。

いざ事業が始まれば、重要な意思決定を日々迫られる。意思決定は目的に従う。ゆえに意思決定の精度を上げるには起業の「真の目的」を自身で正しく理解しておくことが重要になる。間違った意思決定は往々にして起業家の個人的な「真の目的」が引き起こす。それは、組織にとっての正しい意思決定と、起業家の個人的な「真の目的」から導き出される意思決定との間にズレがある時に生まれる。

後日再び触れようと思っているが、心にぽっかり穴が開いているタイプの起業家は、比較的早く「壁」にぶち当たる。心に開いた穴はその人固有のものであり、他者とは共有できない。また、心に開いてしまった穴は、心の持ち主を蝕み、他者や世の中に対する不信・不安を生じさせる。このタイプの起業家は、人間不信、性悪説、支配的管理、他責他罰的な言動に陥りやすい。メンバーが増えるに従い組織から孤立し、組織は様々な問題を抱えるようになる。あるいは社員・職員、時には経営メンバーの大量離職に遭う。どうすれば回避できるだろうか。

残念ながら、心にぽっかり空いた穴はすぐには埋まらない。したがって多くの場合、このようなタイプの起業家は心に穴をぽっかり開けたまま起業することになる。問題を回避するには心に開いた穴の存在・輪郭をできるだけ理解・受容し、つまり自己理解を深め、セルフマネジメントによってその課題を克服する以外にないだろう。

具体的には、意識して他者を信頼するように努め、マネジメントにおいては性善説の考え方や仕組みを積極的に採用するように努める。積極的に周囲の意見に耳を傾け、また常に自分が心の穴に支配されてしまっていないか確認し続ける。また、起業家を育成する側は、起業家が間違った行動・選択をしそうになった時、正しい道に導く役割を担わねばならない。

筆者の場合「いつでもどこでも食べていける実力をつける」ことが起業の真の目的だった頃は、自分のために仕事をしている状態だった。そのことはやはり様々な問題を職場・組織に生み出した。また、敢えて困難な選択を取ったこともあるが、真の目的が引き起こした選択だった。

それに比べれば愛情・慈悲深いタイプの起業家の「壁」は少ない。しかしこのタイプにも問題はある。燃え尽きやすいことだ。筆者も起業12年目くらいには毎月300時間以上働く生活に燃え尽きていた。14年目には顔の右半分が完全麻痺した。そうならないためには、自己理解とセルフマネジメントに努めることが肝要だ。また、燃え尽きを防ぐために、周囲にいる人間は多少なりとも起業家を気遣ってやらねばならない。

(以下、次号に続く)

2020.03.17