さまざまな現場の声をきく

著者
大正大学地域構想研究所・BSR推進センター主幹研究員
小川 有閑

細切れの専門職をつなぎ合わせる

前回は、挑戦的萌芽研究「多死社会における仏教者の社会的責任」に着手する背景となる、宗教界・研究の動向をご紹介いたしました。今回は、3カ年の研究機関のうち、1年目についてお話いたします。

1年目は多死社会の現状を把握・分析することに主眼を置き、書籍購読、研究会開催をおこないました。当初、研究メンバーは仏教学・宗教学の研究者で構成されており、医療や介護に関しての専門家はいませんでした。仏教者の社会的責任はどのようなところにあるのか探るうえで、まずは、多死社会をしっかり把握しなければならないという問題意識がありました。

特に研究会においては、4回にわたり、ゲストスピーカーを招き、多死・超高齢社会の実態を知る機会を得ました。

①在宅介護・訪問看護事業を東京都内で展開するA氏は、終末期にあたっては、医療、介護、看取り、そして葬儀、供養までをトータルでデザインすることの重要性を指摘されました。今、医療・介護・看護従事者は対象者が亡くなるまでのお付き合い、そこから先は関与しない(もしくは関与できない)という状況。一方、葬送業者などは、対象者が亡くなってから、その家族と付き合うことになる。つまり、当事者や家族にとっては一つの時間的経過のなかで起こっている出来事なのだけれども、関わる専門家は細切れになってしまっていて、当事者・家族にはそれぞれとやりとりをしなければならないのは、大きな負担となっているという現状があります。ここに宗教者が加わることは自然な流れなのではないかと、A氏は提案されました。つまり、宗教者は対象者の生前から付き合いがあり、そして、亡くなった後、葬送にも関わり、その家族とも継続的に交流をもつことができる。一連の時間的経過にずっと付き添える数少ない専門職であり、細切れにされた専門職をつなぎ合わせることが期待されるということです。

また、終末期の在宅看護・介護の現場では、利用者からの宗教的な問いやスピリチュアルな問いに直面し、対応に苦慮するというシーンが多く、そういった問いに対応しうる専門的な知識を持ち、宗教的にも実践している僧侶や宗教者への協働のニーズはあると指摘されました。

生き方の提示を

②高齢者医療を専門とする医師B氏は、仏教者に期待することとして、6点を提示されました。今後、高齢社会化が進めば、医療の治療の力よりも、いかに老い、いかに死ぬかという人生観が誰にも必須となることが予想され、そこで、仏教者が徳のある者として地域の中心的存在になってもらいたいという、「地域のまとめ役」。近年の医学界では、経管栄養・胃ろうなどの措置についての見直しが起きている。死について当事者や家族がしっかり話し合い、いわゆる快方の見込みのないまま、延命だけを目的とした措置を取るか否かを決定するべきという論調がそれです。そこに、仏教者が死生の専門家としてより一層関与してもらいたいという「終末期ケアへのさらなる参加」。ますます高齢者が増え、地域コミュニティの見直し、医療の限界が現実味を増してくれば、これまでの価値観では成り行かなくなってくるでしょう。そこに、仏教者が新たな価値観を提示することが、人々の生き方に大きな転換をもたらすのではないかという「社会変革」。昨今、認知症ケアにさまざまなアプローチを試みる研究が国内外で行われている現状から、寺院でのデイサービスや読経・法話ケアなど、仏教資源を用いた認知症ケアの可能性を探ってほしいという「認知症ケアのイノベーション」。海外では信仰心が健康にもたらす影響などの研究が行われつつあることから、日本でも宗教と健康についての研究が進むことを願う「研究の推進」、最後に欧米のキリスト教圏では宗教者が積極的に社会のあり方を議論しているように、我が国でも代表的宗教者である仏教者に活躍してもらいたいという「よりよい社会とは何かという議論」。B氏は以上の6点について、豊富な資料を用いながら、高い期待を示されました。

しっかりと見送りをしたい

③高齢者福祉施設の責任者であるC氏は、施設で仏教的なケアを求められたり、実際に提供したりすることが多く、さらには亡くなった利用者をともに見送ることは、他の利用者の精神的安定に寄与していると分析、宗教的ケアのニーズと仏教者の役割の可能性を論じられました。かつて、高齢者福祉施設では、入所者が亡くなると、他の入居者へのマイナスの影響を考え、見つからないように遺体を搬出するのが一般的でした。しかし、長くともに生活をしていた友達としっかりお別れをしたいという入所者からの意見が増え、今は、施設でのお別れ会をしているとのこと。それは、入所者にとって、心の区切りになるだけでなく、いつかくる自分の最期の際にも、手厚くお別れをしてもらえるという安心感をも生むようです。病院という医療機関ではなく、生活の延長である福祉施設ならではの柔軟さが、仏教者との協働のハードルを下げているのかもしれません。

仏教者も地域包括ケアに入れる?!

④厚生労働省官僚で地域福祉を担当するD氏は、高齢者を地域全体で、諸機関が協働をしてケアをしていく必要性を提示、具体的にはボランティアや民間団体を活用し、新たな社会的資源を創出、公私の諸機関が緊密・柔軟に協力することであり、公的機関と寺院との協働もその範疇に入ると述べられました。行政側は政教分離の観点から、宗教者との連携に躊躇することがありますが、特定宗教への利益の提供を禁じることが政教分離であって、草の根レベルで、たとえば、保健師と僧侶が協力をすることを妨げるものではないということです。第1回の投稿に記しましたように、今、厚労省が提示する地域包括ケアのモデル図には、宗教者は入っていません。しかし、D氏がおっしゃるには、今は宗教者の活動の事例が少ないためにモデルに描かれていないのであって、全国に事例があり、それが蓄積されてゆけば、いずれ地域包括ケアに宗教者が参画するモデルが描かれるようになるだろうということです。

4人のゲストスピーカーのお話から、超高齢・多死社会の臨床の現状把握、どこに仏教者は協働参画が可能だろうかと、研究グループで検討を進めていきました。

2018.11.10