「おふくろの味」の「おふくろ」は誰?

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
岩村 暢子

「おふくろの味」という言葉がある。家庭でお母さんがよく作ってくれた料理、子供のころから食べ馴染んだ懐かしい味、とでも言おうか。野菜や魚介を使った煮物など昔からの和風家庭料理や、各地域に伝わる郷土料理をイメージする人が多い。たとえば、ヒジキや切干大根の煮物、きんぴらごぼう、芋の煮っころがしや山菜料理、その土地の魚料理など。

だが、それは一般論として考えた時の話。「あなた自身のお袋の味は何ですか?」と尋ねると、話は変わる。50代の人々でも、「餃子」とか「ハンバーグ」「カレー」「唐揚げ」など現代的な料理ばかりを挙げ、昔ながらの和風料理を挙げる人はあまりいない。理由は「そういうものは自分が子供のころから、あまり好きじゃなかったから」「うちの母親は子供が喜ぶような肉料理をよく作る人だったから」などと語られる。

つまり、いわゆる「おふくろの味」は、今の人の「おふくろの味」ではなくなっているということだ。60代未満の主婦に「得意料理・自慢料理」を尋ねると、近年「母親からの伝承料理」を挙げる人が4割くらいである。しかも、その4割の人も和風料理はほとんど挙げない。ここでも母親から伝承した料理として「ハンバーグ」「餃子」「鶏唐揚げ」などが多く挙がるから、それらは今の家庭の「3大伝承料理」と言えそうだ。

私たちが一般論として語るときの「おふくろの味」は、もはや「家庭料理」ではなく、お父さんが「飲み屋」「定食屋」、そして「社員食堂」などで食べたり、お母さんがスーパーマーケットや惣菜店、コンビニで購入するものとなっている。家庭で食べる料理というより、「おふくろの味」という名の中食・外食メニューとなっている。今では、そこに「ポテトサラダ」や「コロッケ」「味噌汁」「肉じゃが」なども入ってきているが、それらもまた家庭の日常メニューではなくなってきていることを表している。

さて、今年の調査ではさらに異変が起きている。「おばあちゃんの」がつく料理に注目が集まり始めているのだ。たとえば「おばあちゃんの肉団子」「おばあちゃんの卵焼き」など。煮物やあえ物もあるが、どれも日常簡単に作れそうなものばかり。

それにしても、なぜ「ママの」「お母さんの」ではなく、「おばあちゃんの」なのか。主婦たちに聞けば、「お母さんやママは、インスタントやレトルトや素を使った料理が多い。おばあちゃんのなら、ちゃんと素材から手作りした料理で美味しそう」と言う。

いま子育て中の「お母さん」「ママ」が30代~50代だとするなら、一番上の年齢層の50代後半さえ、雑誌「hanako」で一世を風靡した「ハナコ世代」に重なる。歴史的に見れば、インスタント食品やレトルト食品、既成の素を活用する人々であるばかりか、グルメ、食べ歩き、海外旅行に興じて中食・外食を取り込み、家庭料理を大きく変えた女性たちでもある。「お母さん」「ママ」から一世代飛び越えて「おばあちゃん」まで遡らなければ、もうイチからの「手作り料理」中心とは言えなくなってきたのである。

そう考えると、「おふくろの味」の「おふくろ」だって、すでに「おばあちゃん」世代以上の高齢層だったと気づく。和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたことで、郷土料理や家庭の和食の伝承に注目されているが、家庭では食べられなくなった郷土料理や、ママは作らない「おふくろの味」という名の和風料理を、子供や若年層はどうやって受け継いでいくのだろうか、都市部でも地方各地でも問われているようだ。私の調査から見る限り、家庭ではなく各地の学校給食がその担い手となって頑張っている、というのが実態である。

2018.09.10