レトルトカレー市場の伸長をめぐって

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
岩村 暢子

先月(2018年6月)、レトルトカレーの市場規模(全国のスーパーやコンビニなどの販売データから推計した販売額)がルーカレーのそれを初めて上回ったと発表され、新聞やテレビで話題となった。

調査会社インテージ(東京)の報告で、2017年にレトルトカレー市場は461億円と前年より15億円増加し、ルーカレーの456億円(前年より33億円減)を超えたという。大塚食品の「ボンカレー」(1968年)に始まった日本のレトルトカレー市場が、この50年間にルー市場を上回るまでに拡大したのである。

さて、その背景にどんなことが考えられるだろうか。

メディアでは、単身世帯の増加による個食化の進行、働く女性の増加による調理の簡便化の高まりなどが多く語られていた。

確かに近年単身世帯の増加は著しく、2020年には全世帯の約3割に達すると予測されている(国立社会保障・人口問題研究所)。また、子供のいる家庭の妻の有業率も従来は低かった30代前半でさえ5割を超える(総務省)など、明らかに増加している。

だが、それだけではないようだ。私が20年継続している家庭の食卓調査「食DRIVE」のデータをみると、レトルトカレーは単身世帯だけでなく子供のいる家庭の食卓にもよく使われている。それも孤食シーンと限らず、家族が揃った食卓にも登場している。また、主婦の有職化との関係を示す事実は認められず、むしろ専業主婦のランチでは人気アイテムの一つなっている。

家庭の食卓にレトルトカレーがどのようにして入ってきたか振り返ってみると、当初は簡便性に注目されたが、80年代半ばになると味や辛さの違いにこだわった商品が登場して重宝がられていく。

子供も食べられる甘口カレーを親が嫌ってお父さんだけレトルトの激辛カレーを食べたり、子供にだけお子様向けレトルトカレーを与えて大人用には辛口カレーを作るなど、小さい子供のいる家庭では、個々の好みへの対応からレトルトカレーが浸透してきた事実も否めない。「食DRIVE」データで、同じルーで煮たカレーを食べず、あえて個々異なる辛さや味のレトルトカレーを食べる家族が登場したのは2000年のことだった。

それは、家族が自分の好みに合わせて異なるレトルトパスタソースをかけてパスタを食べたり、同じサラダに違う味のドレッシングをかけたりするのと同じ感覚であろう。つまり、単身世帯の増加や調理の簡便化指向の高まりだけでなく、一緒に食卓を囲んでも家族それぞれが自分の好みを周りの人に合わせなくなってきたことが、今日のレトルトカレー市場拡大の要因としても見逃せないのである。

アンケート調査で家族の好物を挙げてもらうと、カレーは常に上位に上がる。そこで「カレーライスは国民食だ」とも言われるのである。その嗜好性の高さゆえ「どんな食材でもカレーに入れたらおいしく食べられる」との発言もよく聞く。子供に苦手な食べ物を食べさせるとき「カレーに入れて食べさせる」のは母親たちの常套手段でもある。

そんな人気メニューのカレーも、これからは必ずしもお母さんがルーで作るものではなく、家族それぞれの好みと気分で選ぶ個食サイズのレトルトカレーに変わっていくのかもしれない。

近年の「ご当地カレー」ブームも、こうした変化と無関係ではない。日本各地のブランド牛や豚・鶏・ジビエ、そして牡蠣やイカなど海産物を使ったカレー、さらにはイチゴやメロンなどフルーツのカレーも出ている。500円以上の商品も見られるが、少々高くても個食サイズだから買いやすく、ルーで作る家庭用カレーにはない個性的な具材と特徴ある味付けが付加価値となって、人々の関心を引いている。何よりも、各地の名産品を伝統の郷土料理より「カレー」で味わおうとする新感覚は見逃せない。まさに、「どんな食材でもカレーに入れたらおいしく食べられる」のである。

そして北海道から沖縄まで、全国各地の「ご当地カレー」はアマゾンで売られているものだけでも450種に及ぶ。いまや「ご当地カレー」は、町おこしや地域の名産品を広めるための恰好のツール、代表的食品と言って差し支えないだろう。

即席カレールーがインスタント食品の草分けとして、インスタントコーヒーや即席ラーメンと並び登場したのは1960年、レトルト食品の草分けとしてレトルトカレーが登場したのは1968年だ。そして今日レトルトカレーの市場がルーカレーを上回り、町おこしに「ご当地カレー」が注目されている。

カレーの変遷には、日本人の食や家族の変化がよく表れていて実に興味深い。やっぱりカレーは国民食なのだと改めて思うのである。

2018.07.17