アルベルゴ・ディフーゾ・分散型ホテルによる地域の再編集

著者
大正大学地域構想研究所 教授
北條 規

今ある地域資源を再編集し、まち全体を宿泊空間として捉える「分散型ホテル」の手法が、地域再生の新たなアプローチとして注目を集めている。その理念の源流は、1970年代のイタリア・サルディージャ島で生まれた「アルベルゴ・ディフーゾ(Albergo Diffuso)」にある。地震や人口流出によって空洞化した村を再生するため、既存の住宅群を活かして宿泊機能を分散させたこの仕組みは、地域の生活と文化を保存しながら、観光によって持続可能な地域社会をつくることを目的として世界に広がっていった。
大正大学発行の『地域人』 36号(2018年8月発行))の特集「暮らしやすい町・美しい村」の取材で、アルベルゴ・ディフーゾ協会のジャンカルロ・ダッラーラ会長は、このモデルを支える四つの要素として
①環境に負荷をかけず今ある建物を活かす「持続可能性」
②地域固有の食や建築・風景に根ざす「地域性」
③住民と滞在者の間に生まれる「絆」
④地元を愛し歴史や文化を語れる人が運営する「人材」
を挙げている。これらの要素が、アルベルゴ・ディフーゾを単なる観光としてのプラットフォームではなく、地域社会を再編集する手法として位置づける基盤となっている。日本で導入されている「分散型ホテル」の事例を紹介する。

日帰り観光から「暮らしながら泊まる」に転換した三崎

ひとつは神奈川県三浦市でミウラトラスト株式会社が運営する「三崎宿」である。2021年に始動して現在では7棟が運営されている。三崎は江戸期より宿場町として栄え、鮪が水揚げされる港町の賑わいとともに独自の文化を形成してきたが、近年は観光客の多くが日帰りで、宿泊滞在が少ないという地域課題を抱えてきた。こうした状況に対し、分散型ホテル「三崎宿」の取り組みは「まちに泊まる」という新たな観光の構造をもたらした。三崎港に残る蔵造りの歴史的な建造物や空き店舗を宿泊棟として再生し、商店街のカフェや飲食店をまちの共用部として位置づけることで、宿泊者は地域の生活空間に自然に入り込むことができる。宿での食事の提供はないが、朝は商店街のカフェで地元の人と挨拶を交わし、昼は魚市場を散策し、夜は商店街の居酒屋で鮪の料理を楽しむ。こうした「暮らしながら泊まる」体験は、従来の観光施設では得られない、生活との距離感が近い滞在を実現している。地域の飲食店や小売店、商店街、魚市場が宿泊体験の一部として機能することで、地域内に小さな経済循環が生まれている。

三崎宿 山田酒店

文化資産を保存するNIPPONIAモデル

一方、日本において分散型ホテルの代表的事例とされるのが、株式会社NOTEが運営するNIPPONIAである。兵庫県篠山市(現・丹波篠山市)から始動(2015年)し、城下町や宿場町を中心に町並みや歴史的建造物の保存と地域経済の再生を両立させることを目的として展開しており、全国30エリアを超えている。

NIPPONIAの特徴は、第一に文化財的価値の高い建物を再生し、景観や町並みを保全する点にある。宿泊施設は地域の歴史や暮らしを感じられるデザインで統一され、外観や素材に伝統技術を用いることで、地域の職人技や文化資産の継承を支えている。
第二に、食事を提供していること。地元の飲食店や生産者、地域住民がサービスや地元ならではの食の提供に関わることで、地域内経済の循環が生まれている。
第三に、滞在を通して「暮らしに触れる観光」を実現している点である。観光客は単に宿泊するだけでなく、地域の文化・食・人との出会いを通じて土地の物語を体感できる。NIPPONIAは、観光を手段として地域の誇りを取り戻す「文化資産の再生型モデル」であり、保存と創造の両立によって、持続可能な地方活性化の先進事例として評価されている。

NIPPONIA 秩父門前町

地域の再編集としての分散型ホテル

以上の事例が示すように、分散型ホテルは、単なる宿泊施設の形態を超え、地域を再編して新たな価値を創出する手法である。新しい宿泊施設を建設するのではなく、空き家や古民家など、これまで地域課題とされてきた資源を再配置し、地域の物語として再文脈化することで、地域の価値を更新していくのである。ダッラーラ会長の言う「持続可能性・地域性・絆・人材」は、まさにこの再編集の原理に通ずる。地域の固有性を尊重しながら、住民と滞在者の関係を育み、経済的にも文化的にも持続する仕組みを構築すること。それこそが、分散型ホテルが地方創生の新しい文脈を切り拓く理由である。

本学地域創生学科の3クォーターで行う「地域実習Ⅱ(北條班)」では、本稿で取り上げた「三崎宿」と「秩父門前町・NIPPONIA」でのフィールドワークを通して、地域がもつ既存資源を活かした「地域の再編集」の手法を学ぶ。学生たちには今ある資源を再文脈化して新しい価値を生み出せる構想力を身に着けてほしい。分散型ホテルは、地域の過去や記憶を残す手法であると同時に、現在を再編集し未来を構想するモデルでもある。その実践は、観光と暮らし、日常と非日常のあいだに新たな関係性を生み出し、地域社会の再生を促すものである。今後の地方創生において、文化と経済を結び直す中核的なアプローチとして、ますます重要な役割を果たしていくに違いない。

2025.11.04