遊べない子どもが増えている?!

著者
大正大学臨床心理学部 教授
井澗 知美

歩行と言葉を獲得した子どもは、自分でいろんなことに挑戦したくなる。
“魔の2歳児(terrible two)”という言葉があるように洋の東西を問わず、この時期の子どもというのは、なんでも自分でやりたがり、「いや!」を連発するのである。親は苦労するものの、このイヤイヤ期は「自律性」を獲得するための大事なステップである。自律性を獲得した子どもは、自分で考え行動するようになる。集団生活の中で友達とぶつかりながら、自己主張と自己抑制を学び、自分で決めて自分から行動する自発性を獲得していく。大人になると、「指示待ち人間は困る、最近の若者は自主性に乏しい」と嘆かれるが、こういった力の獲得は幼児期からスタートしているのである。
社会が健全に持続していくために、特に、日本のように資源に乏しい国は、人材育成が欠かせない。つまり、幼児期にどのように子どもたちの育ちを支援するかはとても大切なテーマだといえよう。幼児期の子どもは遊びを通して様々なことを学んでいく。“遊び”の中で、主体性や自発性のみならず、思考力、創造性、社会性など様々なことを身につけていく。

JASPER(Joint Attention, Symbolic Play, Engagement and Regulation)というプログラムがある。これは遊びを通して人との関わりを促進させるプログラムである。自閉スペクトラム症という対人コミュニケーションを不得手とする子どもたちの発達をサポートするために米国で開発された。筆者はセラピストの資格及びトレーナーの資格を取り、JASPERを大正大学カウンセリング研究所で長年実践してきた。最初は部屋の中をウロウロと歩き回っていたり、モノとしか遊べなかった子どもたちが、セラピストと一緒に遊べるようになると、遊びの幅が拡がり、コミュニケーションも促進されていく。自信を持って遊ぶようになり情緒も安定してくる変化を見てきた。

大学の相談室という特別な場ではなく、子どもの日常生活の場である保育園や幼稚園でJASPERを取り入れられないか?というのが現在の研究テーマである。
利点は2つある;1つ目は自閉スペクトラム症という診断がついていなくてもうまく遊べない子どもに早期に介入できること(我が国では児童精神科は少なく、診断を得るまでに時間がかかるという現状がある)、2つ目は子どもの日常生活の場で実施するので友達関係に汎化しやすいということである。
2024年に鳥取県倉吉市の保育園2園で、保育士が実施する保育士介在型JASPERを試みたので報告する。2人の児童に対して10回〜20回(週2〜4回、1回30分)の実践をしたところ、言葉のなかったA児は先生の顔を見て喋るようになり、箱から物を出し入れするといった単純な遊びしかしていなかったのが、ブロックで乗り物や家を作る、ままごとをして食べるふりをするなど、遊びのレベルが上がった。B児は発語こそないままではあったが、いつも1人ぽつんと教室にいたのが、友達と手を繋ぐようになったり、友達と一緒のテーブルでニコニコしながらおやつを食べる様子が見られるようになった。

さて、2園で実践するにあたり、筆者は何度か園に足を運び、園での活動を見学させてもらいながら園児たちの様子について話を聞かせてもらったところ、どちらの園でも「遊べない子どもたちが増えている」ということが語られた。実施後のインタビューでは、JASPERを学んだことは保育士としてとても役立ったし有用であることが語られた。しかし、継続するのは厳しいということも同時に語れた。実施の難しさとして、1)実施に関する不安(これでいいのか?どうすればいいのか?)、2)おもちゃの不足、3)人が足りない(=保育士不足)が挙げられた。

保育士介在型JASPERが子どもの育ちをサポートできるという手応えはあったものの、継続できなければ意味がない。困難な要因として挙げられた中で、研修内容のブラッシュアップ、ライブコーチング及びオンラインコーチングの活用は筆者にできる工夫である。おもちゃ不足は予算をつけてもらえるよう行政に交渉できるかもしれない。しかし、最大の難問は保育士不足である。幼児期の子どもの育ちを支援することは、社会を支える人材育成のつながると考えているため、保育士介在型JASPERを自治体で活用するモデルを作っていきたいが、保育士不足に対してはどのような方策があるだろうか。2025年も引き続き実施する予定でいるので、筆者なりに模索を続けていくつもりではあるが、本メルマガの読者の皆様から、ご教示いただければ幸いである。

2025.03.17