「関係人口」の次なるフェーズに向けた予備的検討

著者
大正大学地域創生学部 准教授
爲我井 慎之介

本学地域創生学部の公共政策学科では、1年生から3年生までの学年別で「公共政策実習(フィールドワーク)」を開講している。それらは、学科の学びを特徴づける実践部門の科目群であり、なかでも2年生の実習は、国内遠方の基礎自治体で学修することを中心に設計されている。本学に着任して間もない筆者は、去る10月16日から21日までの間、学生10名を帯同して岐阜県飛騨市へ赴く機会を得た。
県の最北端に位置する飛騨市は、北アルプスや飛騨山脈に周囲を囲まれた自然豊かな自治体である。平成の大合併期にあたる2004年2月、飛騨市は、旧古川町、河合村、宮川村及び神岡町の2町2村による新設合併を経て、今年、市制20周年を迎えた。2020年国勢調査による市の人口数は22,538人(県内24位)、総面積は792.53㎢(県内5位)である。
飛騨市は、東京23区全域を凌ぐ総面積を擁する一方、人口数が1955年をピークに減少の一途を辿っている1)。「中山間地域」かつ「過疎地域」の飛騨市では、近年、「担い手不足」が主要課題の一つとして捉えられるようになった。この点、飛騨市自ら全国に発信する「人口減少先進地」のキャッチフレーズとも矛盾していない。
現地入りする前、筆者は実習に参加する学生らに対して市の現状を大まかに伝え、具体的な調査内容の検討をすべて委ねてみることにした。たとえ学生らが「飛騨市に住む場合に何がハードルとなるのか」などの純粋な問いを立てたとしても、調査の目的・意義自体は何とか見いだせるであろう―この時点の筆者には、かような思惑があった。ところが、学生らはその予想を覆し、ここに「飛騨市における関係人口施策の観察」という分析軸を提示したのである。
「関係人口」とは、「移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々」(総務省)や、「日常生活圏や通勤圏以外の特定の地域と継続的かつ多様な形で関わり、地域の課題の解決に資する人」(国土交通省)など、必ずしも定義が一様ではない。とはいえ、現に公表されている複数の定義から、「個々の動機」「一定の継続性」「多様な地域への関与」等々の共通点をある程度見いだすことはできる。
わが国では、2016年頃から「関係人口」のキーワードが書籍などを介して広く世間に伝播した。しかし、その概念が初めて登場したのは、2004年の新潟県中越地震がきっかけであったとされる2)。2018年に「関係人口ポータルサイト」(総務省)が開設されて以降、国・自治体による関連施策も広く波及している。登場から20年ほど経過する「関係人口」は、もはや「一般化した概念」になりつつある。
現地では、飛騨古川の街並みを都竹淳也飛騨市長から直接ご案内いただき、市を観察する際に求められる視点を養う機会を得ている。さらに、飛騨市の「関係人口」に係る取り組みで中心的役割を果たす企画部ふるさと応援課に加え、福祉、観光、地域振興及び文化振興に関わる課所の協力を得て、インタビュー調査を実施した。

都竹市長による「まち歩きガイド」の様子

飛騨古川まつり会館の「龍笛台」

インタビュー調査の一コマ

ここでは、市の関連施策が総じて「人口減少の抑制を前提としない」モデルになっている点について認識を深めることができた。また、それら施策の多くは、「ふるさと納税」を原資としており、「独立採算」的な財政規律に沿っている点を理解することもできた。
一方、例えば高齢者福祉や観光などの取り組みのなかには、「関係人口」と部分的に親和性が認められながら、必ずしも連動していないものもまだあるように見受けられる。関連施策の財源にあっては、国の制度(ふるさと納税)のあり方に左右される「不確実性」を排除することができていない。「人口減少先進地」たる飛騨市の「関係人口」に対する取り組みには、このような側面に深化の余地が認められるのではなかろうか。
翻って、あまねく「関係人口」の次なるフェーズを考える過程では、今ある「関係人口」層が「最終的にいかなる目的・目標をもち得るのか」との視点も重要になってくるであろう。この点、本年11月、「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律の一部を改正する法律」が施行され、主務官庁の国土交通省は、「二地域居住」(法律上は「特定居住」)による地方への人の流れの創出・拡大をさらに推進している。それは、「関係人口」の次なるフェーズに位置する概念の一形態であるように思われるが、いかんせん、当事者となり得る自治体間の行財政負担に伴う課題や方向づけについては、十分に議論が尽くされていない。
「関係人口」の次なるフェーズに向けて新たな枠組みを設けようとするならば、国・地方が同じ土俵に立ち、地方自治の基本原理や現行の地方税制との妥協点を探るというチャレンジングな議論を活発に交わしていかねばなるまい。飛騨市の実習は、学生のみならず自治制度研究の一端を担う筆者にも、新たな分析の視点を与えてくれたのであった。

【注】
1)旧町村単位の合計ベースによる。
2)公益財団法人東京市町村自治調査会(2024)「関係人口とともに創る地域づくりに関する調査研究報告書」p.6。

2024.12.16