1歳6か月、3歳など、我が子が一定の年齢に達したら乳幼児健康診査(以下乳幼児健診)を無料で受けることができる。多くの日本人は、このことについて至極当然と思っているだろうが、実はこの我が国の乳幼児健診は、高い受診率を誇る、世界に比類なき素晴らしい地域システムなのである。筆者は3年ほどアメリカで子育てをした経験があるが、子どもの健診は、基本的に小児科を任意に受診するものであり、高額なために経済的な事情で受診しない家庭も少なくなかった。日本でも小児科を個別に受診して乳幼児健診を実施する自治体も増えてきているが、今なお集団で実施している自治体が多く、受診率は90%以上と高い。母子健康手帳も日本から世界に発信した素晴らしいものであり、世界に誇るべき我が国の乳幼児健診のシステムは、改めて評価されるべきであろう。
この乳幼児健診は、子どもの身体や知的発達のマイルストーンを確認するために実施されてきており、これまで身体的な側面、知的な側面の発達の遅れがある子どもの発見には十分機能してきたといえよう。加えて、近年では、知的な発達に遅れのない、いわゆる発達障害と呼ばれる子どもたちを早期に発見し、早期に支援につなぐことが重要であるという認識はますます高まり、既存の健診項目に、発達障害のある子どもを早期に発見するためのスクリーニング項目をすでに追加している自治体は多い。筆者は長年自治体の乳幼児健診に携わり、全国で先駆けて自閉スペクトラム症の子どもの早期発見と支援の地域システム開発に関与してきた。乳幼児期の早期から発見が可能なのは、対人コミュニケーション行動の弱さとこだわりの2つの大きな特徴を有する自閉スペクトラム症とされているが、いったい何歳の時点でどのような早期兆候が現れるのだろうか。視線が合いにくい、表情が乏しい、興味を知らせるための指さしをしない、真似をすることが少ない、おもちゃを本来的な遊び方で扱わない、ふり遊びをしないなどが自閉スペクトラム症の早期兆候であり、1歳すぎから現れてくるため、1歳6か月健診は最適な早期発見の機会となる。
1歳半から2歳にかけて、自閉スペクトラム症のスクリーニングに使用できる質問紙として、M-CHAT(エムチャット)がある。M-CHATは、Modified Checklist for Autism in Toddlers(乳幼児期自閉症チェックリスト修正版)の略語であり、全23項目から構成される保護者が記入する質問紙である。このM-CHATの全部の項目または一部の項目は、多くの自治体で1歳6か月の乳幼児健診の項目に追加され、自閉スペクトラム症の子どもの早期発見に役立っている。自治体関係者の方は、ご自分の自治体の乳幼児健診の項目がどのように構成されているのか、確認する機会をもっていただき、必要に応じて見直しも検討していただければ幸いである。
項目を追加し、スクリーニングができればそれでよいというわけではないことに留意が必要である。そもそも何のためにスクリーニングするのかと言えば、早期に適切な支援につなぎ、子どもと家族の子育てのサポートをするためである。しかしながら、せっかく発見しても専門家から「様子を見ましょう」と言われ、「具体的なアドバイスがない」と語る保護者が多いことも残念ながら事実である。経過を丁寧に観察することはもちろん重要であるが、その際にも日々、家庭でできる関わり方の工夫やコツを伝えないままでは、単に保護者を不安にさせるだけになってしまうし、支援の開始が遅くなり、本来目指していることが達成できていないことにもなる。健診から始まる地域の発達支援のシステム構築には人材育成が欠かせない。
また、乳幼児健診も万能ではないため、子どもの発達のユニークさを見過ごし、支援につなげられないことも当然ながら起きる。1歳6か月の一時点だけで発達的なニーズのある子ども全員を発見することは到底困難である。自閉スペクトラム症は、生まれつきのものであるが、行動面の特徴として周囲の大人に気づかれる時期は様々であり、保育所や幼稚園などの集団生活が開始されてから気づかれる子どもも少なくない。乳幼児健診を基本としつつ、保育園や幼稚園の巡回相談等、地域の中にある他の事業も活用し、連続性があり有機的な発達支援の地域システムを構築していくことが求められるであろう。そして、保護者が子どもの発達チェックに「ひっかかる」とネガティブに捉えるのではなく、我が子の個性に沿った一人ひとりオーダーメイドの子育てサポートを受けるための重要な機会であるとポジティブに捉えられるような健診や地域づくりを目指していきたい。
乳幼児健康診査から始まる発達支援の地域システム
2024.12.02