近頃「グリーンインフラ」という言葉を目にする機会が増えてきた。この言葉が初めて政府の政策に登場したのは2015年であったが、2023年には国土交通省から「グリーンインフラ推進戦略2023」と地方公共団体を主にターゲットとした実践的なガイドである「グリーンインフラ実践ガイド」が公表されるなど、着実に「グリーンインフラ」は、国の政策に浸透してきた。
この間、国際的に気候変動問題に加え生物多様性問題への関心が大きく高まった。そして、これらの課題を同時に解決するアプローチとして「自然に根差した解決策」(NbS: Nature-based Solutions)という概念も大きく注目されるようになった。これは、自然の持つ多面的な機能を賢く生かすことで、気候変動や食糧、水、防災・減災、健康などの社会課題の解決を目指すものである。「グリーンインフラ」は、このNbSを構成する重要な構成要素の一つとしても位置づけられた。
世界人口は2022年に80億人を超え、今後も増加することが予想されている。さらに都市部への人口集中も同時に進み、2050年には都市人口の占める割合は3分の2以上を占めると予測されている。人口集中が進む都市部では、自然の役割や都市と自然との共生といった課題が特に重要になるだろう。
こうした傾向を裏付けるように、2022年12月に開催された生物多様性COP15で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」では、2030年にむけた23の目標の一つとして都市に関する目標(目標12:緑地親水空間)が新たに盛り込まれた。同目標では、都市部における緑地空間及び親水空間の面積と質、連結性、アクセスおよび恩恵を大幅に増加させることで生物多様性と人間の健康と福利などの向上を実現し、持続可能な都市化と生態系機能及びサービスの提供の向上が目指されている。
実際、すでにニューヨークやシンガポールなど世界の大都市では、グリーンインフラに関する様々な取り組みが進んでいる。都市化によって引き起こされる各種の悪影響を軽減し、都市住民の生活の質の向上、災害リスクの軽減、市民の健康増進、都市の競争力向上のためにグリーンインフラやNbSを戦略的に位置付けている。
東京都でも2023年4月の公表した「東京都生物多様性地域戦略」の中で、3つの基本戦略の一つに「Tokyo-NbSアクションの推進」を位置づけた。この戦略を推進するため、東京都では、先駆的にNbSに取り組む事業者等を表彰する「Tokyo-NbSアクションアワード~自然とともに、未来をつくる~」制度を創設し、本年末には第一回の受賞者が顕彰される見込みだ。
大正大学のメインキャンパスは、東京の豊島区と北区の境に近い、旧中山道沿いの巣鴨の地に立地している。大学の周辺は高度に都市化が進み、広い空地や緑の空間はほとんど無い。こうしたきわめて都市的な環境の中でも工夫次第でグリーンインフラやNbSが実践できることを示すため、筆者も2017年から様々な取り組みを行ってきた。
具体的には、校舎の屋上、キャンパス内の広場や屋内などの限られた空間を工夫して使い、学生と教職員が協力しながら野菜を育てる活動からスタートした。当初10個のプランターでサツマイモを育てるところから始まった屋上農園活動は、現在までに屋上に設置した約100基のプランター、旧中山道に面した南門広場などで、年間を通じて約40種類もの作物を育て、また、埼玉県松伏町にある埼玉キャンパスでは日本ミツバチの養蜂を行うまで発展した。
また、こうした活動を続ける中で、大正大学巣鴨キャンパスが面する旧中山道が、江戸時代から「種子屋(たねや)通り」と呼ばれるほど、たくさんの種子問屋が立ち並ぶ地域であった歴史を再発掘し、地元に残る種苗会社と協力して、伝統野菜を育て、その歴史をまちづくりに生かす活動も開始した。大学の南門広場には「種子屋通り」の歴史を解説する案内板や「種子地蔵(たねじぞう)」が建立され、毎年秋に「種子地蔵縁日」が開催されるようになった。
さらに、地蔵縁日をはじめ、鴨台祭(文化祭)、鴨台盆踊り、オープンキャンパスなどに合わせてキャンパス内の屋上農園などを学生が案内する「キャンパス農園ツアー」を年に数回実施するようになった。このキャンパス農園ツアーの取り組みは、昨年度の「にっぽんの宝物グランプリ」で「ローカルコミュニティ賞」を受賞した。
最近、こうした大正大学での取り組みの歴史をとりまとめ、雑誌ビオシティに寄稿した(「NbSとしての都市農業の可能性:豊島区巢鴨の事例から」古田尚也 [ https://www.bookend.co.jp/category/biocity/ ])。メルマガの読者の皆様にも、是非読んでいただきたい。