本学は2017年より国立公園行政を所管する環境省自然環境局と自然環境保全及び地方創生の連携・協力に関する協定を締結している。今回はその一環として北アルプスを擁する中部山岳国立公園を現地の環境省レンジャー(国立公園管理官)の方々と共同巡視する機会を得たので現地の状況をご紹介したい。
北アルプスは我が国を代表する山岳地域であり、上高地や穂高連峰はあまりにも有名であるが、読者の皆様は登山道の小池新道をご存知であろうか。今回は利用者の多い長野県側の上高地からではなく、岐阜県側の新穂高温泉から小池新道に入り、鏡平山荘で一泊、二日目は弓折岳から双六小屋を経由し、西鎌尾根を進み、槍ヶ岳山荘泊、翌朝に槍ヶ岳登頂を目指す、2泊3日の巡視となった。
小池新道入口
鏡平山荘
小池新道は登山道には珍しく人名を冠している。これは1955年(昭和30年)に、双六小屋の経営者であった小池義清氏らにより本登山道が開設されたことに由来する。小池新道を登り始めてまず感じたことは他の登山道と比べて登りやすいということだ。登山道は最初標高をかせぐために急登となることが多く、ゆっくり登ることを意識しないとすぐに息切れしてしまうが、今回はそれがない。段差の幅が小さめで様々な大きさの石が上手く配置され、一歩当たりの負担が小さいと感じる。次第に標高が上がっていき、沢沿いの入山口が眼下に小さく見え、周辺や遠方には奥飛騨の峰々が見渡せる。午後に入り雨にも降られたが無事に鏡平山荘に到着した。
鏡平山荘から槍ヶ岳を望む
鏡平山荘を営む双六観光有限会社代表の小池岳彦氏と夕食をご一緒し、現地について有益な情報・意見交換をすることができた。小池新道の維持管理は地元の高山市からの委託を受け、小池さんをはじめとした山小屋のメンバーで行っている。手間も時間もコストもかかる大変な作業であるが、『登山道に自分の名前がついているから緊張感はあるし、下手なことはできない』と小池さんは笑う。そう、小池新道を開設した義清氏は小池さんの祖父にあたるのだ。
晴天時には快適な登山道も雨天特に豪雨時には大量の水が流れ、川のようになってしまう。要所要所で水切りを設けて側面に水が流れるようにして、登山道の洗掘を防ぐことが重要である。
小池さんは水切りが機能しているか等を確認するため、雨天時に現場に行くこともあるという。頭が下がるばかりだ。先人や現在の担い手の労苦に思いを馳せつつ、登山者に優しく、機能美を有する小池新道をより多くの人に体感いただけたらと思う。
小池さんは今回私たちが泊めていただいた鏡平山荘をはじめ計4つの山小屋を経営・管理されている。山小屋は単に登山者の休憩、飲食、宿泊場所というビジネスの側面だけではなく、平時には登山道や通信施設などの維持管理、自然環境や利用状況などの調査協力、非常時には負傷者の救助協力や避難場所の提供など公共の視点からも重要な拠点となっている。全国では利用者数の減少、後継者不在などから山小屋が閉鎖となる事例も多々みられる。みんなが山小屋を利用すること自体が山小屋の存続や山小屋の有する公共性の維持のためにも重要なことである。ちなみに、今回の鏡平山荘はロケーションも素晴らしく、槍ヶ岳をはじめとした北アルプスの山々の遠望を楽しめるほか、食事も美味しく、個室やWi-Fiも完備されている。最近リニューアルしたとのことで特に水回り(トイレ、洗面)が清潔でとても快適だった。小池新道自体も利用者数は上高地側に比べて少なく、静謐で上質な時空間を味わえる。是非お勧めしたい。
コロナ禍で利用者数が大きく落ち込んでいた山岳地域においても、今回の北アルプスはもちろん、今夏は利用者数が大きく回復した。しかしながら、特に富士山では外国人利用者が激増し、軽装による弾丸登山やマナー・ルール違反が横行し、関係県の知事が富士登山の人数制限を検討する考えを示すなど、社会問題化した。一般的に山岳地域における生態系は外部からの利用圧等に対して脆弱であり、山小屋や交通インフラなどの利用者数の上限も限られている。利用者数の大幅な増加は自然環境や地域社会に不可逆的で深刻な悪影響を及ぼすことも多い。コロナ禍を経た、今後の新しい観光は量から質、自然・文化・コミュニティといった観光資本の持続可能性、高付加価値の流れとなっている。折しも北海道ではアドベンチャーツーリズムの世界サミットが先日開催(9/11〜14)されたところであり、北海道はもちろん日本の自然文化に世界中から注目が集まっている。新しい観光の力を活用することで地域コミュニティに好循環の流れが生み出されるよう各地での社会実装に引き続き力を尽くしたい。