浸透してきた「減災」の考え方
政府の「防災基本計画」は「減災の考え方を防災の基本理念とする」と述べている。
災害の発生を完全に防ぐことは不可能であることから、災害時の被害を最小化し、被害の迅速な回復を図る「減災」の考え方を防災の基本理念とし、たとえ被災したとしても人命が失われないことを最重視し、また経済的被害ができるだけ少なくなるよう、さまざまな対策を組み合わせて災害に備え、災害時の社会経済活動への影響を最小限にとどめなければならない。
(第1篇総則、第2章防災の基本理念及び施策の概要)
引用した部分は、2011年12月、同年3月の東日本大震災を踏まえて加筆された。しかし、減災の考え方が広まるには時間がかかる。
2015年9月に起きた鬼怒川大水害の翌2016年4月に国土交通省下館河川事務所長に着任した里村真吾さんから聞いた話がある。破堤した箇所を中心に進めていた堤防の再建工事が進み、住民説明会を開いた時のこと。「ああこれで大丈夫」「安心しました」という声が、参加していたお母さんたちから上がった。「ここで安心してもらっても。。。」「堤防のてっぺんまで水が迫った時には逃げてもらいたい」。里村さんの胸中には、そんな思いが渦巻いたという。
地球温暖化が進み、尋常ではない豪雨が頻発している。このため、水害への備えとして、堤防などハード面の整備とともに、避難のタイミングを逃さないよう、様々な取り組みが行われている。
2020年7月に氾濫した熊本県の球磨川流域では、島谷幸宏・熊本県立大学特別教授(大正大学客員教授兼務)が率いる研究者グループが球磨川の支流など地域内の様子を映し出すカメラを設置している。水害に備えるため、テレビや市町村が流す情報よりももっと細かなコミュニティの中の様子を知りたい、という住民の声に答え、一緒に手探りで進めているという。身の回りの川、用水路、道路などの情報は、避難するタイミングやどの道を行ったらいいか、などの判断に欠かせない。
避難して命を守るための方策のほかにも、避難所での生活による心身へのダメージに起因する災害関連死を減らそう、という取り組みも盛んだ。
東京・江東区では、「携帯用トイレを試してみよう、家に備えよう」と呼びかける主婦グループが活動している。グループが講習会などで使う携帯用トイレのキットには、「減災」という文字が印刷されている。
「減災」という言葉は1995年の阪神・淡路大震災の後、注目されるようになった。河田恵昭京都大学名誉教授らがその考え方を提唱した。
一時期は、減災という言葉を使うことに懐疑的な指摘もあった。静岡県職員として防災行政に長く携わった岩田孝仁静岡大学特任教授は、2018年に放送されたFMサルース「想像力を生かした『防災』のための教育」のなかで、「災害による被害をゼロにする、災害で犠牲者を出さない、というところに向かってみんなが努力していかないと、いつまでも中途半端な防災対策になってしまうという懸念があった」と話している。
とはいえ、公が行う災害対策のほかに、自ら、家族で、あるいはコミュニティで行う避難や避難生活の準備を含め、減災の取り組みは広がっている。
災害を誘発する要因、さらに自然環境の改変方法を問題視し、制度を変えようという流れも
災害を誘発する構造物を問題視する動きも出て来た。
特に太陽光発電施設、なかでも傾斜地に太陽光パネルを貼ったメガソーラーがやり玉に挙がった。
鈴木猛康山梨大学名誉教授は、著書「増災と減災」(理工図書、2023年5月発行)のなかで、「良かれと思った開発や制度が、のちに大きな災いを招いてきた」と問題提起している。それを「増災」と呼び、行き過ぎた再生可能エネルギー開発とグランピング開発(山林を切り拓き、豪華なドーム型テントが並ぶ宿泊施設づくり)を例に挙げている。地域防災の専門家である鈴木名誉教授は住民や地方自治体の議員からの相談を受けることが多く、傾斜地に設置されるメガソーラーにより土砂災害の危険性が高まることに警鐘を鳴らした。再生可能エネルギー規制条例の設置が全国の自治体に広がり、国の5省庁も検討を進め、制度の見直しが行われている。
一方、自然環境の改変方法を問題視し、それを変えていく試みもある。
北海道の釧路湿原を流れる釧路川の一部で、治水のため直線化されていた区間を改修し、もとの蛇行を復活させたことはよく知られる。釧路湿原再生事業の一環。かつて開発の波にさらされた釧路湿原は今、美しい自然景観と蘇った自然が多くの観光客をひきつけている。そして、豪雨災害の被害を少なくする効果も発揮している。2016年8月の大雨の際には、巨大なスポンジのように降水を吸い取り、約2日間という時間差で徐々に雨水を放出したため、下流の釧路市は水害を免れた。
直線化した河道を元に戻し、コンクリート三面張りをはがして自然の流れに戻した例は、ほかにもある。そうした自然再生事業は減災とどのようにつながるのだろうか。
改めてお伝えしたい。