大正大学地域構想研究所にはIUCN日本リエゾンオフィスが置かれている。IUCN(国際自然保護連合)は、スイスに本部を置く70年以上の歴史を持つ世界最大の自然保護ネットワークであるが、その日本事務局は2016年から大正大学に置かれ、筆者がそのコーディネーターを務めている。IUCNの活動は多岐にわたるが、世界自然遺産条約の審査機関であることと同時に一般に最も良く知られている活動は、IUCN絶滅危惧種レッドリスト(以下、レッドリスト)を作成・公表していることであろう。
レッドリストは、動物、植物等地球上の生物種の保全状況に関する世界で最も包括的な情報源である。1964年にSir Peter Scotが、レッドデータシートというコンセプトを考案したことから始まったレッドリストは、その後大きな進化を遂げ、2014年には50周年を迎えた。このレッドリストをテーマにして、10月3日(月)大正大学地域構想研究所で、レッドリストの発展を長期に渡って支えたことから2020年にブループラネット賞を受賞したサイモン・スチュアート博士による特別講義「IUCNレッドリストの歴史から、これからの種の保存を考える」をオンラインセミナーとして開催した。
博士からはまず、これまでの50年以上にわたるレッドリストの発展の歴史について、当初絶滅の危険性が高い一部の生物種のみを対象としていたレッドリストが、絶滅の恐れが低いいわゆる普通種も含めた包括的な種の絶滅リスク評価ツールに進化すると同時に、哺乳類や鳥類といった大型脊椎動物から両生類、昆虫など他の幅広い分類群にもその対象を拡大して地球全体の生物の状態をバランスよく評価できるような、いわば「生命のバロメーター」としてのツールに発展してきた経緯について説明があった。
こうして評価されたデータが公表されているレッドリストのウェブサイト( http://www.iucnredlist.org/ )には、2021年に270万人の人が訪れ、1600万のページビュー、そして1800万以上の種の生息域マップのダウンロードの実績があったという。さらに、近年のレッドリストに関連する新たな取り組みとして、保全活動の成果を評価する仕組みである「グリーン・ステータス」、レッドリストのデータを用いて企業活動などのインパクトを評価するためのツールであるIBAT(生物多様性統合評価ツール)やSTAR(種への脅威の軽減と回復の指標)などについて紹介があった。
今年12月には生物多様性条約COP15がカナダのモントリオールで開催される。そこでは、2030年にむけての生物多様性に関する新たな世界目標の採択が予定されている。なかでも、2030年までに陸域と海域の30%を保護・保全地域とするという世界目標「30 by 30」(サーティー・バイ・サーティと略称で呼ばれる)の行方が注目されている。これに関連して、我が国でも従来からある国立公園や国定公園、都道府県立自然公園とは別の「自然共生サイト(仮称)」という新たなエリアベースの保全制度が環境省によって導入されようとしている(詳しくは「ビオシティ92号 人と自然の共生地域「OECM」入門: 自然保護のための新しいツール」を参照)。
また、金融機関や企業に対しても、自然資本および生物多様性の観点からの事業機会とリスクの情報開示を求める、国際的なイニシアティブであるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のルール作りが並行して進んでいる。さらに、国際標準規格を作るISOでも生物多様性に関する新しい標準(TC311)の議論も始まっている。
生物多様性の喪失は、気候変動と並んで我々人類社会の存立基盤そのものを崩壊させる恐れのある地球規模の課題である。COP15で採択される世界目標やTNFD、ISOなどによってその取り組みは世界規模で急速に進んでいくものと予測される。こうした制度を実効性あるものにするためには、目標設定やその実施のモニタリング、成果の評価のために客観的な指標が不可欠であり、レッドリストはこうした客観指標を構築するための基盤的情報としてますますその重要性を増していくだろう。