NbSとグリーンインフラ

著者
大正大学地域構想研究所 教授
古田 尚也

ポストコロナで注目を集めるNbS

年初からの新型コロナウィルスによる影響が続く中、球磨川の豪雨災害に続く猛暑の日々など日本国中でかつてない試練の日々が続いている。日本以上に新型コロナが流行し大きな経済・社会への影響のあった欧州では、すでにコロナ後の経済・社会の復興を目指し、環境や持続可能性を重視した経済再生計画であるグリーンリカバリーやグリーンニューディールの実施を見据えた政策検討が盛んに行われている。こうした中、現在欧州を中心に急速に注目を集めているのがNbS(Nature-based Solutions:自然を基盤とした解決策)というコンセプトである。

NbSは筆者がその日本事務所を兼務するIUCN(国際自然保護連合)によって約10年ほど前に作られた概念で、簡単に言えば自然の持つ様々な機能をうまく使って社会課題の解決を目指し、結果的にそれが人々の幸福や生物多様性の向上にもつながることを目標とするアプローチを指す。このNbSは、近年日本でも注目されるようになっている「グリーンインフラ」や自然を活用した防災・減災アプローチであるEco-DRREcosystem-based Disaster Risk Reduction)、生態系を基盤とした気候変動適応策のEbAEcosystem-based Adaptation)など異なる分野でこれまで実践されてきた類似のアプローチを包含する傘の役割を果たすコンセプトともなっている。

従来の自然保護のアプローチが、あくまで第一の目的を自然の保護に置いていたことに対して、NbSは社会課題の解決を第一義の目的とし、その結果として人々の幸福や生物多様性保全向上を目指しているところが大きく異なっている。ここで、社会課題の例としてIUCNが挙げているのは、①気候変動、②食料安全保障、③水の安全保障、④人間の健康、⑤自然災害、⑥社会と経済の発展 、⑦環境劣化と生物多様性喪失の7つの領域である。NbSはこうした社会の課題を中心に据えた、人間中心のアプローチとして世界各国の幅広い層から共感を集めている。さらに、今年の7月には、このNbSを実際にプロジェクトとして実装する上で役立つ8つの基準と28の指標からなるNbSグローバルスタンダードがIUCNから公表されたことから、今後世界各国で実施されるプロジェクトに適用されることが期待されている。

日本で進むグリーンインフラの取り組み

日本では、このNbSに類似する概念として「グリーンインフラ」という言葉が近年様々な政策の中に取り入れられるようになってきた。このグリーンインフラは、2015年に閣議決定された国土形成計画や国土利用計画、社会資本整備重点計画に盛り込まれたが、2019年7月に国土交通省が「グリーンインフラ推進戦略」を策定したことをきっかけに、現在一気に様々な取り組みが進み始めている。国土交通省は、温暖化によって深刻化する水害リスクは従来の堤防やダムだけで防ぐことができないとして、流域全体の土地利用や自然の活用も含めた「流域治水」の導入にこの夏大きく舵を切った。同省ではこのように自らの施策を大きく転換すると同時に、地方自治体や民間企業、市民などあらゆる主体による取り組みを進めるために、多様な関係者が参加する「グリーンインフラ官民連携プラットフォーム」も今年に入って立ち上げた。

こうした国の施策に合わせるように、今年7月には筆者も含めたグリーンインフラにかかわる国内の主要な関係者が様々な事例を執筆した書籍「実践版グリーンインフラ」が日経BP社から出版されたほか、11月6-8日には、グリーンインフラにかかわる様々な分野の人たちが集まり、取り組みや研究の成果を共有する初めての機会としてグリーンインラフネットワークジャパン(GIJ)全国大会の開催(オンライン)も予定されるなど、グリーンインフラの普及に向けて官民学の各階層で機運が急速に盛り上がっている。

大正大学のNbSとグリーンインフラへの取り組み

大正大学地域構想研究所では、以前より巣鴨キャンパスを中心としたグリーンインフラ実装のプロジェクトを様々なステークホルダーとともに進めてきた。こうした取り組みについて、今後とも取り組みの深化や拡大を進めると同時に、前述のグリーンインラフネットワークジャパン(GIJ)全国大会でもポスターや展示などを通じて経験共有していく予定である。また、前述したIUCNのNbSグローバルスタンダードやその他のNbSに関連する国際的な最新情報を順次日本語化して研究所のホームページを通じて提供していくことも計画している。研究所では、こうした活動を通じて、日本国内でのグリーンインフラやNbSに関する取り組みを行う関係者をサポートしていきたいと考えているので今後の活動についてぜひご期待いただきたい。

 

2020.09.01