「観光」は地域における「共生」の推進力になり得るか?

いま何故、観光による地方創生か?

私は30年近く観光の領域で仕事をさせてもらっているが、今ほど観光が注目され、脚光を浴びている時期を記憶していない。観光の持つ経済効果・雇用効果への期待が高まり、地方創生の切り札として観光を政策の軸に据える自治体も増えている。特にインバウンド(訪日外国人誘致)に関しては、国の掛け声の下、各地で活動が活発化している。DMO(Destination Marketing/Management organization=観光地経営組織)が次々と設立され、地域の舵取り役として期待されている。訪日外国人の数も昨年3000万人を超え、いい流れでオリンピックイヤーを迎えられそうだ。

もちろん、観光振興(交流人口の増加)のメリットは経済・雇用のみにとどまるものではない。4つほど上げておく。1つめはイノベーションの創出だ。交流人口の増加をチャンスと捉えた事業者や個人が様々な商品やサービスを生み出そうとチャレンジすることが増える。域内外からの投資も活発化するし、他の産業への波及効果も期待できるだろう。2つめとして、交通や通信といった社会インフラの整備が進むことが上げられる。新しいレジャー施設や文化施設が増えるかもしれない。観光客のみならず住民にとっても生活の利便性が向上したり、豊かな暮らしが実現できるという利点がある。3つめは、観光資源としても重要視されている地域の伝統・文化・産業・自然景観等の保護保全への意識が高まり、活動が盛んになること。担い手がいなかった伝統産業を観光産業化することで、手を上げる若者が出てきたり、取り壊し予定だった地域の伝統的建造物が観光資源として活用されることで生き残ったというような話も増えている。そして、4つめ。最も強調したいのが、住民の地元意識、郷土への愛着の高まり、いわゆるシビックプライドの醸成だ。観光地としての評価が高まり、多くの観光客に喜ばれることで、その地に生まれ育ったこと、今、その地に暮らしていることへの誇りが生まれ、地域の一体感が高まっていく。まさに地方創生の目指すところだ。また、地域外(特に海外)からの訪問者との交流によって高齢者が生きがいを見い出したり、新しい文化が芽生えるなどの利点についても報告がある。このように観光振興が地域にもたらすメリットは経済・雇用といった面だけではなく、住民の心や暮らしに豊かさをもたらすもので、観光は地域を挙げて取り組むべきテーマだと言うことができる。

物事には一長一短あり

一方で、「観光公害」などという言葉に代表されるように、観光客の増大による地域住民の生活環境の悪化が問題視されている。外国人観光客がやり玉に上がっているが、この問題、昨日今日始まった話じゃない。地域によそ者が入ってくることで、ゴミや騒音が増える、治安が悪化するなど地域住民の静かな生活が脅かされたり、その対応にかかる労力も含めたコストを地元が負担しなければならないという観光の持つ負の側面は以前から指摘されていた。文化の違いや言語面での壁がある外国人観光客の急増によって、近年、ことさらにクローズアップされるようになっただけの話だ(せっかく来て下さるお客様に対して「公害」などという言葉を使うのはいかがなものかという気持ちはあるが、この言葉が流通することで、問題が表出化・共有化されたことには積極的な意義を見い出している)。

かつて海外旅行先での迷惑行為は日本人のお家芸だった。キャビンアテンダントに悪態をつく、酒に酔ってホテルで大暴れする、重要な遺跡や建造物に落書きをする・・・。「旅の恥はかき捨て」は万国共通なのかもしれない。かといって、お互い様なのだから我慢しましょうなどと言うつもりは全くない。地元にとっては死活問題。観光による経済効果・雇用効果と引き換えにストレスフルな生活を強いられるようでは元も子もない。そもそも地域の文化や生活そのものが今や最も貴重な観光資源。それが侵されるような事態は看過できない。

「観光」と「共生」

でもピンチはチャンス。今、起きている問題の解決を一部の観光事業者や行政に任せっきりにせず、住民全体が自分ごとと捉え、知恵を出し合い、持続可能な地域づくりを目指す良いきっかけにすることが大切だ。キーワードは「共生」。文化や習慣の異なる外国人をどのようにお迎えするのか?観光による収益を追うことと生活を守ることの接点をどう見つけるのか?地域として譲れることとゆずれないことの境界線はどこなのか?かかるコストは誰が負担するのか?しっかりと議論したい。

観光の語源は中国の古典「易経」によるという説が有力だ。それによれば、時の王(為政者)が国をよく治めるために、諸国の良い取組みや人材(つまり「光」)を「観」て回ったことに由来するらしい。これを現代に置き換えるなら、「観光」とは他者(観光客)をお迎えすることをきっかけに、住民が地域(光)を見直し、地域を深く知り、地域の未来を共に考えることと言えるのではないだろうか。観光起点で、地域で未来志向の「共生」議論が進むことを大いに期待したい。

2019.07.16