BSR推進センターでは、昨年10月から12月にかけ、地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所(以下、東京都健康長寿医療センター)および大正大学綜合仏教研究所と協働し、「読経で健康!プログラム」を大正大学で行いました。
このプログラムは、もともと、増上寺の式師(読経の専門家僧侶)の方々の口腔機能や呼吸機能を測定したところ、一般の人に比べ良い数値を示したことから「読経って喉を鍛えるのによいのでは?」と着想を得て始まりました。
年を取ると身体機能がだんだん低下してきますが、口や喉の機能も同じです。口や喉の筋力が衰えると、食べ物をうまく咀嚼することができない、うまく嚥下することができないといったことが生じやすく、誤嚥性肺炎のリスクも高まります。そうした誤嚥を防ぐ代表的なトレーニングに「パタカラ体操」がありますが、意味のない言葉を繰り返し言うことに面白みがないという声もありました。そこで、東京都健康長寿医療センターの歯科医師、医師、心理士らによって、読経を用いたプログラムが開発されたのです。
これまでの研究成果について説明する東京都健康長寿医療センター研究所の枝広先生
すでに、増上寺(港区)や護国寺(文京区)などを会場に、一般の方を対象にした研究が行われ、その効果は学会でも報告されています。今回はこのプログラムをより一般に普及させるため、すなわち、社会実装を主眼においたプログラムとして研究が行われました。
プログラムの内容は以下のような順序で進められました。なお、所要時間は1時間程度です。
(1) 受付チェックイン
(2) 健康体操
(3) 読経1回目(般若心経)
(4) 僧侶による法話(10分程度)
(5) 読経2回目(般若心経)
(6) 読経3回目(般若心経)
(7) 小グループ(5~6人)になって感想をシェア
(8) アンケートを記入してチェックアウト
読経で健康といっても読経で声が出るように、まずは準備体操から行います。椅子に座ったままでできるものですが、顔や首回りの筋肉をほぐすことで、姿勢がよくなり、声も遠くまで届くようになります。
読経では一般的に最も読まれる『般若心経』を用いました。これはプログラムが特定の宗派の教えや実践に偏らないようにするための配慮です。また、経文自体が短く、プログラム内で何度も繰り返すことができるという点も採用された理由のひとつです。
『般若心経』が書かれたしおりを使って読経
1回目の読経の後に僧侶の法話が入り、仏教の教えや読んでいる『般若心経』についてなどのお話しを参加者は聞くことになります。参加者には毎回アンケートを書いていただきましたが、そこにも「最初は息継ぎが難しかったが、だんだん続くようになってきた」といった読経そのものに関するものだけでなく「今日の法話はありがたかった」「唱えているお経の内容が理解できた」というような法話自体を喜んでいらっしゃる声も多数寄せられました。
法話の後に、少しテンポをあげ、2回目、3回目と読経を繰り返し、その後、グループワークを行いました。グループワークでは、読経する上での課題や気づき、どのように変わったかなど、読経プログラムに参加して感じたことを自由に話し合ってもらうスタイルで行いました。そして、最後にアンケートを記入していただきチェックアウトという流れです。
この一連のプログラムを週1回、7週にわたって行います。なお、参加者は家でも読経習慣が身に付くよう、ラジオ体操のスタンプさながら、最初に配付されたしおりにシールを毎回貼ってモチベーションを維持します。
今回の研究参加者のリクルートは、本学の施設である鴨台食堂、ガモールマルシェや、オープンカレッジ(一般向け講座)などでチラシを配布するというアナログな方法で行われましたが、40名を超える方の申込がありました。おばあちゃんの原宿と呼ばれる巣鴨だからでしょうか。読経と健康、両方に関心がある方が多かったように思います。また、皆さん途中離脱される方もほとんどおらず、熱心に毎回参加される方が多くいらっしゃったのが印象的でした。
指導役の僧侶の発声にあわせて皆で読経
このプログラムの魅力は、多くの寺院で実践できる可能性を持っていることです。観音講や念仏講など、読経の会がすでにある寺院も少なくありません。僧侶は日常的に読経していますから、お経の読み方をお伝えするのはそう難しくはないでしょう。新たな準備をしなくてよいということになれば、開催のハードルは下がります。
近年、寺院離れが進んでいるという話はよく耳にしますが、「読経で健康!プログラム」のような活動が、寺院の活性化にも一役買うのではないかと期待しています。読経はそれ自体宗教的な功徳があるものですが、身体的な効果がそこにあるとわかれば、読経の会の参加者が喜ぶのはもちろんのこと、今まで寺院に縁遠かった人も、読経に挑戦してみよう、触れてみようと思うのではないでしょうか。
寺院に足を運ぶ人が増えれば、寺院にとってもまた社会との接点が増えます。こうした活動は、地域の拠り所としての寺院のプレゼンスの向上にもつながることでしょう。今回の研究を通じ、地域福祉の拠点としての寺院の可能性が広がった気がします。