大学生が参画した「街の銭湯」のリノベーション

著者
大正大学 心理社会学部 専任講師
齋藤知明

「100年企業」として

大正大学から旧中山道を板橋駅方面に歩いて5分。少し路地に入ると「稲荷湯」という銭湯があります。大正3年(1914)に創業され、昭和5年(1930)に現在の地に宮造りの銭湯として始められました。いまでも入り口に番台があり、浴場には大きなペンキ絵が描かれていたり、木桶が置いてあったりするなど、昔からの伝統を守っている銭湯です。そのため、映画やミュージックビデオなどのロケ地としても活用されてきました。

筆者は以前滝野川に住んでいて、家のお風呂が壊れた際に家族で稲荷湯に通っていた頃がありましたが、その昔ながらの趣に驚いた記憶があります。その後、サービスラーニングの授業で、西巣鴨や滝野川地域の店舗と連携して、地域活性化に関する活動を展開していた2018年には、稲荷湯を盛り上げるプロジェクトを実践したこともありました。以後も、鴨台盆踊りで協賛していただくなど、社会貢献活動をおこなう学生たちの力強い存在でした。

しかし、コロナウイルスが流行し始めた2020年からの2年間は、地域との連携を取ることが難しく、それは稲荷湯も例外ではありませんでした。なかなか伺うことができなかったのですが、2021年の年末に、大学周辺にある創業100年近い、あるいは創業100年以上の企業を取材する活動に同行。「日本農林社」「東京種苗」「トキハソース」「亀の子束子西尾商店」と並んで稲荷湯を取り上げ、2年ぶりに稲荷湯を訪問し、ご主人である土本俊司さんにお話を聞くことになりました。

滝野川・稲荷湯

コミュニティカフェとして

取材では稲荷湯の歴史や現状、今後の展望について話をしていただきましたが、そのなかで現在「一般社団法人せんとうとまち」と連携して、新しい活動を進めていることを聞きます。銭湯の文化的価値の保存・活用を通して周辺地域の魅力活性化を図るこの団体と協働し、2019年には国の登録有形文化財とワールド・モニュメント財団の「2020年文化遺産ウォッチ」に稲荷湯が認定されました。

今回認定されたのは、稲荷湯の浴場・主屋とそれに隣接する長屋。せんとうとまちは長年放置されていた長屋の解体・改修をおこない、そこをカフェにするプロジェクトを2021年から稲荷湯と共に動き出し、2022年夏頃のオープンを目指しているとのことでした。一方で、話を聞いていくうちに、長屋を単なるカフェにするのではなく、従来銭湯が担っていたコミュニティスペースの機能を持たせたいとも。土本さんからは、「地域住民」として大学生にも関わってもらえればと依頼をいただきました。

前述した通り、サービスラーニングで以前連携させてもらっていましたが、あらためて関われる機会をいただき二つ返事で回答しました。大正大学では、大学周辺地域の課題解決・魅力発信をおこなう「すがもプロジェクト」が2020年に始められ、筆者は担当教員の一人。すがもプロジェクトには40名を超える学生・教職員が参画し、「祈りのまちすがも」「農園キャンパス」などのユニークな活動を展開しています。そこで、2022年の春から「銭湯コミュニティ」をテーマに、銭湯を中心としたコミュニティの在り方を考える班を結成し、稲荷湯、せんとうとまちと活動をしていくことになりました。

長屋の工事の様子(2021年12月)

世代間交流の場・機会として

早速4月から学生たちは、土壁の重ね塗りや床板の改装など解体・改修工事に関わりました。そして、カフェ「喫茶長屋」のオープンイベントとなる6月25日、26日を迎えます。イベントでは、お披露目式典、マルシェ、まちあるきツアー、朝風呂、朝ご飯など、この二日間で多くのコンテンツが実施されました。特に長屋カフェには多くの地域住民が集まり、行列をつくっていました。学生たちはカフェや撮影のスタッフとして、精力的に動き回っていました(活動の様子はこちらからご覧ください)。

筆者も当日参加し、カフェに来場された方々と交流を持ちました。「この日を楽しみにしていた」「このような雰囲気のカフェがこのまちにあることが嬉しい」「銭湯に入ったことがなかったが、これを機会にぜひ入ってみたい」「大正大学の学生が関わっているのに驚いた」などの声を聞くことができました。地域の方々からも非常に大きな期待を受けていることを感じます。

今回のプロジェクトを通して、昔から地域に根付き、歴史やストーリーを持つ建物をリノベーションすることで、活動の冒頭から地域の方々に受け入れてもらいやすいという点を実感しました。新しい拠点をつくることも地域活性化の手段の一つですが、浸透には時間がかかります。今回を経て、街の風景を変えずに、今ある文化を保全・活用することで、他の地域にはない魅力を増強できるイメージを得られました。

春から夏にかけて「銭湯コミュニティ」としての学生の活動は、まずはカフェのオープンに向けての協力が中心でした。秋以降は、すがもプロジェクトの目的の一つである「新たな世代間交流の創出」のために、今度は自分たちで銭湯や長屋を活用したワークショップを企画運営していきます。引き続きご注目ください。

「喫茶長屋」に多くの人が集まる(2022年6月26日)

2022.08.01