転勤の在り方を問うことは、日本的雇用慣行・人事管理を問い直すこと
ビジネスパースンに転勤はつきもの・・・多くの人はそれを当然のことと受け止める。会社の命令だから、昇進の機会につながるから、そうした思いで家庭生活の犠牲も厭わない。
転勤は企業の人事管理上どのような意味があるのか。一般的にわが国では、学校を出て会社に入ると、社内で職業能力を磨きながら長期間勤続することが多い。いわゆる日本的長期雇用慣行と呼ばれるものだ。この慣行は、雇用の流動化が叫ばれ、また若者の職業観が少なからず変化する中で、変わりつつあるのは確かだが、大企業を中心に、なお人事管理を支える屋台骨であることも事実である。
長期雇用慣行の下では、一定期間ごとに配属先を変更する配置転換(異動)が行われる。様々な職務、業務を経験しながら上位のポストへ昇進していく。配置転換には、人材の効率的・戦略的配置や人材育成を図る狙いがある。
転勤は、その配置転換の一形態で、転居を伴うものである。転居を伴うということは、家族の生活問題に直結する。配偶者が仕事を続けられなくなる、通学中の子どもは転校という問題が出てくる。やむなく単身赴任を選択するにしても、親の介護があれば、とても転居は無理だろう。
こうした家族の生活をも巻き込む転勤。ワークライフバランスの必要性が叫ばれる昨今である。会社からの転勤命令を拒むことはできないものか、その転勤は本当に必要なのか、こうした疑問が湧いてくる。
法律問題としては、この点に関し一定の整理がついている。過去の裁判例によれば、「業務上の都合で配置転換を命ずることがある」など、就業規則等に根拠となる定めがあれば、基本的にはその業務命令に従わなければならない。
その判断の背景にあるのは、余程のことがない限り解雇はしない、様々な職務を経験しながら企業の中で人材を育てる、こうした特徴を持つ日本的長期雇用慣行である。企業が転勤を行う目的は、「社員の人材育成」、「社員の処遇・適材適所」、「人事ローテーション」などである。いずれも、長期雇用を前提にした人事管理と密接に関連する事柄である。そのため、転勤の在り方を考えることは、日本的雇用慣行、人事管理を問い直すことに他ならない。
地方目線で転勤問題を考えることも重要
ワークライフバランス(仕事と生活の調和)の必要性が声高に叫ばれる中、転勤の負の側面への関心も高まりを見せる。特に、家族の介護、持ち家購入、子どもの教育、育児・子育てなどに困難を感じる人が多いと言われている。また、配偶者の就業継続も深刻な問題になる。配偶者の転勤を機に仕事を辞めるケースも少なくないからだ。人口減少の下で人手不足が深刻な折である。何とももったいない話である。
一方、働き手にとって長期雇用慣行がもたらす最大のメリットは、雇用が安定していることである。失業にさらされるリスクが低ければ、人生設計が立てやすい。そして何より、企業内でスキルを磨きながら報酬改善が期待できる人材育成システムは、企業だけでなく、働き手にとってもありがたいものである。このように転勤問題とは、少子高齢化、働き手の価値観の多様化という今日的課題の中で、人材育成というメリットとワークライフバランス確保をどう調和させていくかという問題に他ならない。
そのバランスをどうとるかは大変難しい問題であるが、まずはその転勤が「不可欠な転勤」かを問い直すことが基本であろう。効果の疑わしい転勤はやめる。転勤が果たす適正配置、人材育成などの機能について、本当に「転勤」でなければその機能が果たせないのか、他に適当な方法がないかを検証することも重要である。多くの企業で転勤制度の見直しが進展することを期待したい。
ところで転勤はすぐれて企業内の問題ではあるが、それを“地方”という視点から考えてみることも有益である。本来雇用とは地域に根ざしたものだからだ。ことさらに都市圏からの転勤という形をとる必要もない。地方で必要な人材は、地方で採用すればよいのではないか。
これまで全国的な事業展開をする企業では、正社員は本社で、地方は非正規社員中心の採用という方式が多かった。こうした方式を改め、異動の範囲が地域内に限定された正社員(地域限定正社員)の採用にできるだけ切り替え、同時に転勤機会を減らしていく。こうした地方目線で転勤問題を捉えることがもっと重視されてよい。
そして転勤制度を続けるにしても、一人の社員が本社から異なる地方圏への転勤を繰り返す、東京中心型のスタイルは改めるべきだ。むしろそうであれば、地方採用の社員を、大都市圏の本社などへ一時的に転勤させる方が、人の流れを地方に向ける地方活性化の観点からは望ましい。地域限定正社員にはこうした効用も期待できる。
企業には、転勤制度の見直しに併せ、地域限定正社員制度の導入・拡大に努めてもらいたい。