人に求められている2つの能力
かつて人類は狩猟民族だった。その後、農業革命、工業革命、そして情報革命を経て、我々人間の職業は大きく変化した。かつては肉体労働こそが主たる我々の労働だった。ところが今日、人間が行う職業の多くはそれとは比較にならないほど高度な知的能力を求めるようになった。
具体的には、現代の職業は2つの能力を人間に求めている。1つは、広義の意味で設計図を描く能力、もう1つはコミュニケーションをとる能力である。先進国における職業人は、働く時間のほとんどでこの2つの能力を求められている。その能力を発揮できない者は、労働市場で弱者となっている。
何の設計図を描けるか
ここで言う設計図は工業製品の設計情報に限らない。さまざまなサービス、マーケティング戦略、営業・販促ツールから優れた組織文化を定着・発展させるためのアクション計画まで、設計する範囲は広範である。筆者は都内の私立大学に勤めているが、大学の教職員は学生募集戦略、パンフレットやWebサイト、カリキュラム、シラバス、コマシラバス、教材、教授法、試験問題、就職課の年間計画、キャリア支援講座、新たなセンターの構想、人事制度など、さまざまな設計図を描くことに膨大に時間をついやしている。そして、その設計図の良し悪しが、教育機関としての成果を大きく左右している。現代の職業人は、”何の設計図を描けるのか”ということで価値づけられている。そのひとの社会や組織、あるいは労働市場での価値は大きくそこで決まる。また、職業・進路選択やキャリア開発とは、将来、何の設計図を描けるようになりたいのか、という問いに答えることとほぼ等しい意味だろう。
描いた設計図を現実化するために
一方、コミュニケーション能力とは、さまざまな解釈はあるが、筆者は「自分とは異なる文脈を生きるひとや組織や社会のことを理解し、意思疎通できる能力」と定義している。ひとや組織や社会は、それぞれの個人史や歴史を生きている。それが文脈であり、言葉や文章、表情などは、その文脈によって意味づけが異なることから、コミュニケーションには文脈の理解が不可欠と考えるからだ。
現代の職業において、コミュニケーション能力は、主に設計図を描くことと設計図に描いたことを現実化するために求められる。設計図を最初から最後までたったひとりで描き切ることは現代の職業では稀だと言える。組織の中であれば上司や同僚、部下、組織の外であれば顧客や外部アドバイザーなどとのコミュニケーションをつうじて、設計図を完成させていく。
近年、企業や国・行政・地域などの変革の手法として「オープンイノベーション」が注目されている。オープンイノベーションは、従来その組織や地域にいなかったタイプの人材が参画することで、これまで生みだされなかった新しい設計図を描く行為といえる。設計図を描くことにもコミュニケーション能力が必要なのだ。
また、描いた設計図を現実化するためには、多様な関係者や将来の顧客らとコミュニケーションすることが求められる。会議、プレゼンテーション、営業、接客、様々なひとたちへの技術的・心理的支援(たとえば部下や同僚に仕事を教えたり、心理的に励ますことなども現代の職業には求められる)など、挙げれば枚挙にいとまがない。
本稿のメッセージは、設計図を描く能力とコミュニケーションをとる能力は、飛躍的に重要になった、ということである。
では、現代を生きる子供・若者たちがこの2つの能力を高度なレベルで身につけられるようにするには、いったい何が必要なのだろうか?それを次回は論じたい。