1.はじめに
これまでの2回は特徴ある公立図書館の紹介をしたが、今回は、公立図書館が抱えている課題とその解決に向けた取り組みについて、具体的な成功事例を加えて整理する。
第1回https://chikouken.org/report/report_cat02/17657/
第2回https://chikouken.org/report/report_cat02/17894/
現在、日本の公立図書館は「静かに本を借りるだけの場所」から「地域の人々が集まり、生活を豊かにする場所」、社会学でいわれるところの職場でも、家庭でもない第3の居場所、「サードプレイス」へと、大きく変化していく時期を迎えている。しかし、その変化の裏では大きな壁にぶつかっていると思われる。その「壁」=「課題」とは果たして何だろうか。
2.「予算と運営の壁」という課題
人口は都市部に集中し、少子高齢化社会の中で、現役世代の納税者の割合が少なくなっている。多くの地方自治体は財政が厳しく、図書館に回せる予算が減っている。その結果、新しい本が十分に買えない、建物の修繕ができない、といった事態が起きている。
解決に向けたアプローチとして、この状況を打破するため、税金だけに頼らない工夫は既に始まっている。
解決策の第1としては、自分たちで資金を集めるという工夫である。「ふるさと納税」の使い道として図書館の本の購入費を指定できるようにしたり、クラウドファンディングで寄付を募ったりして、独自に資金を確保する自治体が増えている。
解決策の第2としては、民間の力を借りるという工夫である。「指定管理者制度」という仕組みを使い、民間企業に図書館の運営を任せるケースもある。企業のノウハウを使って、効率的に運営しつつサービスを良くしようという狙いだ。
しかし、「指定管理者制度」には経営的に効率化や合理化が実現できる一方で課題もある。
3.「指定管理者制度」が有する課題
「指定管理者制度」は、司書の専門性の軽視と雇用の不安定化を招いている面がある。
図書館のサービスの質を担保する最大の要は、利用者の高度な要求に応えるレファレンス能力や、地域社会の文脈を踏まえた選書能力を持つ「人」である。
しかし、指定管理者制度下では、経費削減のしわ寄せが人件費に向かいやすく、多くの司書が非正規雇用や低賃金での労働を余儀なくされるケースが散見される。指定期間(通常3〜5年)ごとの契約更新という不安定な環境では、地域に根差した経験の蓄積や、専門的スキルの継承が極めて困難になる。
また、蔵書構築の偏りと長期的ビジョンの喪失である。
指定管理者の業務評価(KPI)には、来館者数や貸出数が設定されることが一般的となっている。その結果、数値目標を達成しやすいベストセラーや実用書が優先して複数冊購入され、貸出頻度は低くとも学術的に価値のある専門書や、とりわけ地域にとって重要な郷土資料、あるいは児童の多様な関心を育む良書が後回しにされる。つまり「蔵書の偏り」である。数年単位の短期間の契約期間では、数十年先を見据えた体系的な蔵書構築という、図書館本来の長期的ビジョンを描きにくいのが実情となっている。
さらにいえば、 教育行政・学校図書館との連携の分断である。
図書館は社会教育施設として、学校図書館や地域の教育活動とシームレスに連携する役割を担っている。しかし、運営主体が民間企業に切り替わることで、図書館を所管する教育委員会や学校現場との間に組織的な壁が生じる事態が起きている。児童・生徒への一貫した読書指導や、情報活用能力育成のための教員との協働などは、教育行政としての連続性が求められるが、このことが損なわれるリスクがある。次世代の学習環境において看過できない課題である。
深刻に受けとめたいのは、政策立案能力の低下を招きかねないことである。
指定管理者制度の導入により、自治体側が図書館運営に関するノウハウを失い、単なる「委託費の管理者」に陥る危険性がある。
地域における図書館の意義や、生涯学習のあり方をデザインする行政としての責任が曖昧になる。
また、指定管理者制度の協定終了時やトラブル発生時の対応能力においても課題がある。さらにいえば、再び直営に戻す際の困難さなどもある。
このようなガバナンス上の問題も生じている。
図書館が単なる「無料の貸本屋」ではなく、利用者の主体的な学びを支え、地域の情報基盤となることを踏まえると、これらの問題は公共サービスの根幹に関わる根深いものである。
4.読書離れへの対応の遅れ
スマートフォンやインターネットが当たり前になり、わざわざ図書館に行って調べ物をしたり、紙の本を読んだりする人が減る「活字離れ」が進んでいる。
さらに、昭和の時代に建てられた図書館は老朽化が進み、「暗くて古い」というイメージを持たれがちである。
そこで図書館は、「わざわざ行きたくなる場所」「いつでも使えるサービス」への進化を図っている。
解決策の第1としては、居心地の良い空間づくり(サードプレイス化)である。カフェを併設してコーヒーを飲みながら本を読めるようにしたり、無料Wi-Fiや電源を備えた作業スペースを作ったりして、「長居したくなる空間」にリニューアルするという点である。
解決策の第2としては、デジタル化の推進である。24時間いつでもスマートフォンやパソコンから電子書籍を借りられる「電子図書館」の導入が進んでいる。
解決策の第3としては、地域の課題を解決するためのコーナー等の設置である。ただ本を置くだけでなく、「起業したい」、「子育てに悩んでいる」、「法律トラブルを抱えている」といった住民の悩みに対し、関連する本を紹介しつつ、専門家を招いて相談会を開くなど、直接的な支援を行うことである。
5.専門職員としての司書をどう守るか
図書館のサービスを支えているのは、本に関する専門知識を持った「司書」である。しかし実態としては、全国の公立図書館で働く司書の多くが「非正規雇用(会計年度任用職員など)」である。給与水準が低く、雇用が不安定なため、優秀な人材が定着しにくく、図書館の質を長期的に保つのが難しくなっている。
「ハコ(建物)」や「本」だけでなく、「人」への投資が必要不可欠になっている。どんなに優れた施設・設備と多くの図書を備えていても、専門性の高い司書がいなければ本末転倒である。
解決策の第1としては、待遇の改善である。司書の専門性を正当に評価し、正規職員への登用枠を増やしたり、給与水準を引き上げたりする動きが少しずつだが見られるようになっている。
解決策の第2としては、新しいスキルの育成である。これからの司書には、本を探すスキルだけでなく、「魅力的なイベントを企画する力」や「デジタル機器を扱う力」が求められるため、そうした研修を強化している。
6. 成功事例—課題を乗り越え、生まれ変わった公立図書館—
地域の拠点として圧倒的な支持を集めている先進的な事例をいくつか紹介する。
【事例1】
武蔵野プレイス(東京都武蔵野市)—多世代が交差する「滞在型」複合施設
図書館を備えた複合施設の全国的な先駆けである。図書館機能を中心に、生涯学習、市民活動、青少年活動支援の4つの機能を融合させた複合施設である。施設の中央にカフェを配置し、お茶を飲みながら本を読める開放的な空間を作ったことで「サードプレイス(第3の居場所)」としての地位を確立。特に、若者専用のフロアを設けたことで中高生の利用者が劇的に増加し、活字離れの課題を見事に克服している。
【事例2】
紫波町図書館(岩手県紫波町)—地域産業(農業・ビジネス)を直接支援
官民連携(公民連携)の成功モデルとして全国から視察が絶えない「オガールプロジェクト」の中核施設となっている。
「オガールプロジェクト」とは、JR紫波中央駅前の町有地を活用して進められた、公民連携(PPP:Public-Private Partnership)による画期的なまちづくり事業である。従来の公共事業とは異なり、ビジネスの視点を取り入れた持続可能なモデルであり、補助金に依存しない自立型経営を実現させている。
民間(特別目的会社)が金融機関から資金調達を行い、施設の企画・設計・建設から運営までを主導している。テナントの家賃収入などで借入金を返済し、利益を生み出す「不動産事業」として成立させている。
また、「稼ぐインフラ」としての複合施設となっており、エリア内には「オガールプラザ」や「オガールベース」といった施設群がある。産直市場(紫波マルシェ)、カフェ、クリニック、ホテル、バレーボール専用アリーナ、そして町役場庁舎などが集積している。日常的な消費と交流を生み出し、エリア全体の価値を高めている。
図書館の最大の特徴は「農業支援」に特化したサービスである。最新の農業関連書籍やデータを取り揃え、農家や起業家向けに専門家を招いたセミナーを頻繁に開催。単なる読書の場を超え、地域の産業やビジネスを直接サポートする「課題解決型図書館」として機能している。
【事例3】
瀬戸内市民図書館もみわ広場(岡山県瀬戸内市)ー市民参加型で作る「みんな居場所」
建物の設計段階から市民がワークショップに参加し、住民の意見を取り入れて作られた。「持ち寄り、見つけ、分け合う」をコンセプトにしており、館内での会話を推奨するエリアを設けるなど、従来の「静粛にしなければならない」というルールを緩和している。
また、市内に移動図書館車を走らせて地域を巡回するなど、誰もがアクセスしやすいサービス(アクセシブルな図書館)を展開し、地域のコミュニティ形成に大きく貢献している。
7.まとめ
2000年代初頭から新自由主義の考え方によって、効率化や合理化の旗の下で改革が進んだ。しかし、失ったものも大きい。「公立図書館」が「効率図書館」になっている。
今こそ、パラダイムの転換を図り、図書館の経営においても、「ひと」を大切にする考え方と経営とのバランスを取る時に来ているように思われる。
あまりに経営の効率化や合理化を優先すると、図書館を運営する大切な「ひと」が失われていくことになりかねない。図書館を支えるのは「ひと」そのものに他ならないはずだ。
これからの公立図書館は、単なる「本の貸出所」ではなく、地域の課題を解決し、人々の交流を生み出す「まちづくりの中心拠点」になろうとしている。
3つの事例に見られるように、お金や人材の壁を工夫しながら乗り越え、地域に寄り添った独自のサービスを展開することが、未来の公立図書館に求められる姿である。


