折れない・見る・活かす——地域で育つ起業力

著者
大正大学学修支援センター 特命教授
山本 繁

わたしが考えるアントレプレナーシップ(以下、アントレ力)の土台は、①レジリエンス、②人間に対する洞察力、③資源発見・活用力の三つです。難しく聞こえても、やることはシンプルです。「折れない」「人をよく見る」「あるものを上手に使う」。この三つが回りはじめると、挑戦は止まらず、着実に前へ進みます。才能の有無よりも、挑戦を持続可能にする基本の三点が大事——そう捉えています。

まず資源発見・活用力です。起業は、ないものねだりからは始まりません。出発点はいつも手元にあるもの。子ども時代なら、自分の得意や好き(自分資源)を育てること。次に、家族や友だち、先生、地域の大人など「誰を知っているか」を増やすこと。そして、暮らす地域の場所や店、コミュニティ、空き時間や会場(地域資源)を知ることです。ここまで来たら、小さく作って外に出し、反応で少し直す。準備は最小でいい。チラシ一枚、短い動画、試作品、ミニイベント——できるところから出す。動かすほどに偶然の出会いが生まれ、使える資源がさらに増えます。

次に人間に対する洞察力です。マーケティングもマネジメントも、結局は人の理解です。最初の一歩は自己受容。自分の弱さも含めて「こういう自分なんだ」と受け止めると、相手の気持ちに耳を傾けやすくなります。そのうえで、相手の本音に触れる場面を意図してつくる。親友と本音を分かち合う経験や、並んで遊ぶ時間のように言葉少なくても通じ合う体験は、ノンバーバルな感情の読み取りを育てます。さらに、コンプレックスや心の傷、喪失経験も人への理解を助ける自分資源です。痛みを知る人は、他者の痛みを想像し、言葉にならない背景へ手を伸ばせる。過去のつまずき・不幸を「弱点」ではなくレンズとして使えば、顧客の困りごとや仲間の戸惑いに、より的確でやさしい打ち手が出てきます。また、五分のインタビューでもよいので、「なぜ?」を三回重ねれば、表の言葉の下にある事情がのぞけます。行動を観察する、相手の一日を一緒にたどる、短いアンケートを添える——方法は何でもいい。大事なのは、限られた情報から丁寧に推し量り、次の行動を変えることです。これが積み重なると、売れるものづくり、適材適所、仲間の意欲づくりにじわりと効いてきます。

そしてレジリエンス。これは「失敗しない力」ではなく、失敗を学びに変える力であり、しなやかな心です。人生が順調すぎると育ちません。小さな失敗や壁にぶつかるたび、「ここまでは乗り越えられた」という自分の物語が厚くなる。温室のような環境(ハウス栽培)では根が張りません。とはいえ、むやみに大きな賭けは要りません。小さく試す→当日中に短くふり返る→翌日か翌々日に一手打つ。このリズムで十分鍛えられます。過去の傷や喪失感も、挑戦を続けるための“芯”へとやがて変わっていきます。

身近な現場の話を一つ。私は今年、学童野球のコーチ兼マネージャーをしています。練習や試合という本番が毎週あります。打てない、投げきれない、エラーも出る。けれど、短くふり返って次の練習で一つだけ直す——この繰り返しで子どもたちは確かに強くなります。相手チームの配置や癖を観察し、仲間への声かけを変える中で、人の見方も磨かれます。限られた道具と時間、保護者の協力を組み合わせてチーム運営を回すこと自体が、資源の見つけ方と使い方の学びです。地域の現場は、挑戦の単位が小さく、やり直しが利き、失敗の痛みが大きくなりすぎない。アントレ力の芽を育てる主戦場だと感じます。

大学教育だけで三つの力を育てきるのは、正直むずかしい。四年は短いのです。だからこそ、子ども時代からの積み上げが鍵になります。スポーツや文化活動、自由研究のような探究は、自然に本番を生み、心を鍛えます。家庭では、家事の一部や小さなお金のやりくりを任せる、地域の人にあいさつする——それだけでも、自分資源・他者・地域の三つに触れます。学校や地域は、子どもたちが小さく作って出せる機会を増やしたい。作品展示、ミニ販売、学年横断のお手伝いフェア、校内ラジオやミニマルシェなど、形はいろいろ考えられます。

では、大学は何をするのか。役割は仕上げと橋渡しです。芽生えた三つの力を実社会につなげる設計をする。週末数時間で回せる実験枠を複数用意し、成果だけでなく学びも評価する。失敗の記録を共有して、次の挑戦者の材料にする。人・場所・道具・時間の情報を整え、学生がすぐアクセスできるようにする。教室の外へ一歩出やすい導線を、平時から用意しておきたいのです。

アントレ力は生まれつきの才能ではありません。小さくやってみる/よく見る/あるものを活かす。この三つを、家庭・学校・地域・大学でつないでいけば、だれでも少しずつ身につきます。まずは週末の数時間、何か一つだけ作って外に出してみる。出して、ふり返り、もう一度やってみる。そこから始まる小さな循環が、やがて自分と周りを動かしていきます。起業は特別な誰かの遠い話ではなく、私たち一人ひとりの暮らしの延長にあるのだと、学童野球のグラウンドで日々教えられています。

2025.12.01