著者
大正大学地域構想研究所 特命講師
齋藤知明
巣鴨で最も多世代が集まるお祭りに
大正大学では、例年7月上旬に「鴨台(おうだい)盆踊り」を開催しています。2011年に第1回が始められ昨年で第9回を数えました。第9回鴨台盆踊りは過去最高の6,700人を超える来場者を迎えて、今では巣鴨の夏の風物詩として定着。近年は浴衣姿の大学生の参加者も増え、多くの世代が声をあげながら踊る姿が目立つようになりました。
まるでフェスのような盆踊りですが、最大の特徴は「サービスラーニング」という授業で企画・運営が展開されることです。巣鴨地域は大学生も含めて多くの世代が生活・活動をしていますが、世代間交流の少なさが課題です。そこで、盆踊りを通していかにして多くの世代を呼び込み楽しんでもらえるか、学生たちは検討と試行錯誤を重ねます。もちろん、日本の地域文化・民俗としての盆踊り自体を学び、企画をアップデートしていくことにも毎年尽力しています。
第9回鴨台盆踊りの様子
webをフィールドに
今年も3月に、例年通り盆踊りの準備に動き出した矢先、新型コロナウイルスの影響でイベントが続々と中止。4月には大正大学の春学期授業も全てオンラインでの開講が決まったことで、今年は盆踊りの開催を断念せざるを得なくなりました。途方に暮れてオンライン授業の準備をしていた4月、何気なくテレビを見ていたら星野源の『うちで踊ろう』が流れていました。著名人だけでなく数多くの市民がコラボ動画を展開したことでも有名な曲ですが、何度も聴いているうちに思いつきました。「「うちで踊ろう」だ!」と。stay homeのままオンラインで盆踊りができるのではないかと、このとき閃いたのです。
そこからの動きは早かったです。まずは毎年盆踊りを指導してくださる日本舞踊の先生に電話。伝統ある盆踊りをオンラインで実施することに何かしらの抵抗があってもおかしくないと考えました。しかし、先生からは「ぜひやりましょう!」との強い後押しをいただきます。その不安は、まったくの杞憂でした。
次に、昨年サービスラーニングを履修し今年も履修を予定をしていた学生たちに意思確認。オンラインで実施するといっても実際に活動するのは学生たちです。まずはやりたいかどうかを聞きました。学生たちは当初戸惑いながらも、対話するうちにぜひやってみたいと力強く言ってくれました。
それから大学との交渉です。オンライン授業では当然ながら、通常のフィールドでの活動はできません。ですので、フィールドワークをともなう授業は閉講される予定でした。しかし、完全テレワークで盆踊りの準備運営をすること、webをフィールドにしたフィールドワークとして実践することを強く訴え、その時点では粗々としたものでしたが、企画書と行程表を提出して開講とオンラインでの盆踊り開催を認めてもらいました。
開催決定後に stay home の盆踊りを伝える画像を製作
困難、困難、また困難
今年の履修生55人との初顔合わせは5月13日でした。すでに本番の7月10日、11日まで2か月を切っています。実はこの時点ではオンラインミーティングシステムのzoomを使って盆踊りができれば大丈夫だろうという、楽観的なビジョンしか持っていませんでした。
グループワークが始まり、学生たちの活動が軌道に乗り始めたのが5月下旬。しかし、準備を進めていくと実地での盆踊りとは全く異なる問題が立ちはだかっていることに気づき始めます。まずは著作権・肖像権の問題。実地の盆踊りでは楽曲を使うことは認められていますが、オンラインとなるとそうはいきません。また、画面に映る顔が公衆の目に入ることをどのようにクリアするかもハードルとなりました。この問題は YouTube をプラットフォームに使用することや明確な規約を設けることで対処しました。
次が音ズレです。zoomの特性上、音源のPCと参加者のPC間では、どんなに近い距離でもコンマ何秒のズレが生じます。また、通信環境によってズレに幅があります。ですので、それをいかに最小にするかを考えました。こちらはzoomホストとなるPCと音源のPC、そして踊りの手本を映すPCを分けることで解決を図りました。
他にもたくさんの壁にぶつかります。正直、どこかで投げ出しそうになったこともありました。しかし、困難に際して常に学生たちと対話しながら一つずつ乗り切っていきます。そして本番の1週間前からは、実地の盆踊りではすることはなかったリハーサルを何度も重ねて本番当日を迎えました。
準備は全てオンライン上で実施
オンラインでの一体感
本番当日、MCを務める学生と全体の流れを把握している統括班の学生のみ大学構内に入り、本部を設営しました。もちろん画面の向こう側には自宅で待機している他の履修生たち。盆踊りだけでなく直前企画などでも自宅から出演してもらいましたが、全員が決して不満を持つことなく、自分たちがつくったイベントであるという気概に満ちた顔をしていたのが強く印象に残っています。なお、本番当日の様子は下記で見ることができます。
▶︎ 7月11日①
▶︎ 7月11日②
YouTube Liveの放送が急に止まったり音源がうまく流れなかったりするなどのハプニングはありましたが、運営に支障が出るような大きなトラブルはなく2日間が経過。当初想定していた音ズレの問題も、参加者が気にぜずにそれぞれ楽しそうに踊っていたことで救われた気がします。
今回の盆踊りには全国各地からの参加者がありました。体は離れていても、オンラインでここまで一体感を持って踊ることが可能であり、そして感情も共有することができるのだと実感しました。一方で、大学周辺地域への告知や参加方法の案内が十分にできなかったこともあり、これまで楽しんでもらってきた地域の方々の参加があまりありませんでした。これは今後解決すべき課題でしょう。
オンライン盆踊りの様子
何が最も必要だったか
さて、ここまでオンラインで開催した第10回鴨台盆踊りの一部始終を述べてきました。私の中では、これまで培ってきた価値観を大幅に変えなければならない2か月でした。本当に発想の転換を求められましたし、その転換した発想を他者と共有することにも苦労しました。
嬉しいことにこの取り組みに対して、「withコロナの時代に合った企画だった」「society5.0の時代の興味深い挑戦だった」「地域と地域の距離感を縮めた新しい地域創生の取り組みだった」と評価してくださる方もいらっしゃいました。とても光栄なことです。一方で、発想段階ではまったくそのような高尚な理念や目的は下地になかったというのが本音です。ただただ「してみたい」「面白そう」との小さな小さな好奇心から今回の企画は始まりました。今思うと軽はずみだと言われても仕方がないでしょう。
しかしながら、手前味噌で恐縮ですが、私はこの小さな小さな好奇心が何かを創り上げるときの原動力として最も必要だと感じます。そしてそれを形になるようにひたすらに邁進し、そのなかで勝手に理念や目的がついてくるものだとも学びました。行動していくうちにwebをフィールドにした学びという新しい概念が生まれたのは先述した通りです。どのような困難が生じても好奇心や興味関心を持ち続ければ何かしらの知恵が次々と生まれてきました。サービスラーニングでは引き続き、一人ひとりの好奇心や興味関心を大切にして、それらを行動に移させることができる教育と環境づくりを心がけていきたいと思います。
9月16日にオンラインでの成果報告会を予定(画像は第9回)