著者
大正大学地域構想研究所 特命講師
齋藤知明
その政策は徒労に終わっていないか
1年間で地方移住者は何人いるでしょうか。2014年のデータになりますが、毎日新聞とNHK、明治大学地域ガバナンス論研究室(小田切徳美教授)の共同調査によれば、全国で1万1,735人で、2009年から比べると4倍に増えているとのことです。それでは首都圏一極集中が抑制されているかというと実はそうではありません。むしろ、総務省が調査を始めた2014年から6年連続で東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)への転入超過が続いています。つまり意図はしていないでしょうが、結果的に地方間での人口の奪い合いが行われていると言ってもよいでしょう。
移住者を呼び込む政策を多くの自治体は推進しています。各自治体のまち・ひと・しごと創生総合戦略を読むと、必ず「移住・定住」「UIJターン」促進に向けた政策が書かれています。一方で、自治体間の政策に差異があるかというとそうではないのが実情です。もちろん独自の移住政策を実施し、移住者を大幅に増やしている自治体があることも事実ですが、前述した通り自治体間のゼロサムゲームに陥っている様相とも言えます。
このような「他も推進しているからうちもする」ということで結局独自性を見いだせなくなっている類似例に、初等中等教育での地域教育や地方企業の人材確保があります。残念ながら、多くの教育機関、多くの企業が人口減少から来る大きな社会のひずみに対応できているわけではありません。その結果、次のような、3つの徒労が地方の自治体のほとんどで起きているのではないでしょうか。
●移住定住政策の徒労
移住定住政策が日本全国の各自治体で推進されているが、結局人口の奪い合い(ゼロサムゲーム)になり、日本全体でみると勝ち組・負け組の自治体が明確に分離。
●地域教育の徒労
初等中等教育と地域教育の重要性が叫ばれ、郷土愛の涵養・人脈の構築・拡大がおこなわれているにもかかわらず、都市圏への就職や進学で地元を離れそのまま都市圏で就職しているため、地域教育が実を結ばない(もちろん、地域教育=Uターン政策ではないが)。
●人材確保の徒労
地方企業あるいは中小企業において人材確保が難しくなっていて(そして、さらに困難になる未来が確定している)、事業承継ができないために倒産する企業すら出てきている。
インターンがすべて解消?
前編で伝えた通り、これらの徒労を少しでも解消する方法の一つが地元出身大学生のインターンと考えています。筆者は昨春、山形県酒田市でインターン事業「大学生KAERUプロジェクト」を実施することを決めました。その名称に、大学生が地元に「帰る」、大学生が企業を「変える」、そして大学生自身が「可(できることを)得る」との願いを込めました。その際、先述した3つの徒労への対比として次のことを目標に掲げました。
●移住定住政策を活かす
Iターン推進ではなくU(J)ターン推進に重きを置き、大学時代に酒田に帰省しやすくし酒田の企業や大人を知ってもらう取り組みを増やす。
●地域教育を活かす
将来酒田に帰ってきて働きたいという希望を持つ地元の中高生が増えているが、大学生になってインターンをし酒田の産業振興へ長期に貢献することで直接的直感的な郷土愛を涵養する。
●企業のノウハウを活かす
企業が持つ人材育成のノウハウを活用し、大学生にとっては社会人としての態度・技能の習得、人脈構築、酒田の現状把握につながる。一方で、企業にとっては通常の求人活動よりも廉価での人員確保・マッチング、組織の課題解決、人材確保ルートの開拓、新たなCSR事業へとつなげる。
もちろん、全ての課題がインターン事業ですっきりと解決するわけはありません。しかし、事業を始めるにあたり、大学生の存在がまちを変える一助になることを、企業や自治体、ステークホルダーに熱意を持って伝えました。いろいろな幸運が重なり、観光・まちづくりを主体とする企業と進歩的な取り組みをおこなっている老舗旅館が受け入れを承諾してくれます。
受け入れ企業との朝礼 まずはコミュニケーションから
稀有な存在だった「大学生」
そして、2020年2月3月の間の約1か月間、1人の地元出身大学生が2つの企業でインターンをしました。インターンで学生は、旅館で接客業を体験し、ある地域イベントでグッズ・デザインを考え、たくさんの会議に出席しと、単なる大学生アルバイトでは得られない経験ができたと思います。途中で中間報告、最終日には成果報告をしてもらいました(成果報告は、本来であればもう少し大規模に関係者を呼びたかったのですが、新型コロナウイルスの影響で受け入れ企業など最低限の人数で開催)。
酒田には大学がありますが(東北公益文科大学)、首都圏に進学した地元出身の大学生が長期間インターンをすることは他に例がなく、お会いした方々からとても大きな関心を持たれました。一方で、幾ばくの距離感を持たれたのも印象として残っています。おそらく、酒田の人にとって家族や親戚以外の「大学生」は、普段はあまり接することのない存在なのだろうと感じています。
しかし、これは酒田だけの話ではありません。人口ピラミッドで19歳〜24歳の年代の箇所が「極端にくびれている」地域にとっては、どこも同じ反応が起こるのではないかと思います。一方で、これは時間が解決する問題ではないでしょうか。筆者が地域実習を担当している宮城県南三陸町も震災以後、継続的かつ定期的に大学生が長期生活をすることで、今では多くの町民が大学生と温かく接してくださっています。そして、その温かさ=上下関係のないフラットな関係性が、大学生が何度も行きたくなる要因となっていると強く感じます。
「大学生KAERUプロジェクト」が始動しました。まだまだ小さな活動ですが、地元出身大学生が酒田に気軽に帰ってきてもよいと思える風土づくりに貢献したいと考えています。そして、若者が大人とふらっと会って声を交わせるようなまちになることを願い、これからも活動を続けていきます。
成果報告会 何をしたのか・何を学んだのかを発表
『山形新聞』2020年3月31日に記事が掲載