食からプロダクトまでこれまで多くの新商品開発やブランデイングに関わってきた。地域資源を掘り起こしたり、今ある技術を活かして付加価値化したり、あるいは農商工連携や6次産業化商品まで、生産者や町工場の職人さんと向き合って支援活動をしてきた。今回は「そこにしかない商品開発」と題して、厳しい市場環境の中で、町工場の持つ経営資源を活かした成功事例を2点紹介する。今後の商品開発の参考にしてほしい。
三重県の鋳物工場の挑戦:錦見鋳造株式会社「魔法のフライパン」
錦見鋳造は産業機械用の鋳物部品を製造してきたが、バブル経済の破たんの影響を受けて受注が激減。二代目錦見社長は体力勝負の価格競争ではなく、独自の技術を磨くことを決め、下請けでなく、消費者に直販できるオンリーワンの鋳物商品を開発する道を選んだ。
そして苦労の末、10年の歳月をかけてヒット商品を生み出した。その名も「魔法のフライパン」。味にこだわった主婦たちを熱狂させている人気のフライパンだ。
最大の特徴は、他のフライパンに比べ、 熱伝導率が驚くほど高い点にある。この効果により、食材の表面を短時間で焼くことができ、食材の旨みを逃がさない。プロの料理人が使うフライパン、中華料理屋で使われている中華鍋。それらの多くが熱伝導率の高い鉄製だ。高温で調理するので野菜を炒めても余分な水分が出ず、シャキシャキ感を残したまま調理することができる。
消費者にとって鉄製のフライパンは美味しく調理できることは認識されていたが、家庭で使うにはその重量に欠点があった。来る日も来る日も研究を続ける中、原料の配合量を間違えたある失敗から薄い製品の完成につながっていったという。「魔法のフライパン」は1.5mm(従来は4~5mm)、極限まで肉厚を薄くすることに成功し、女性でも使いやすい製品となった。まさに奇跡の失敗ともいえる。
これまで主流のテフロン加工製品は焦げ付かず、軽くてお手入れ簡単だが、「誰でもプロの味」という付加価値で勝負した。既存品は手軽でも、化学物質のコーティングによる有害性も懸念する動きもあり、安全安心の意識を持つ消費者も味方に付けながら、女性でも軽くて扱えて、一流シェフの味が作れると評判を呼び大ヒットとなっていった。ちなみに私も3年前に半年待って購入。使い始めは扱い方に戸惑って焦がしたりしたが、何回か使っていくうちに鉄製のコツがわかってくる。今ではシャキシャキの野菜炒めとパラパラのチャーハンができるようになった。
この製品のポイントをあげよう。
・精密な鋳物部品を作る工場と職人技術(経営資源)
・B to B→B to Cへの転換(新たな用途開発)
・ここまで軽い鉄製フライパンはない(差別化と競争優位性)
・ターゲットをプロなみの美味しい料理を作りたい女性に(顧客の利益)
・技術の改良と、探求(独自性)
・内食、レシピブーム(市場性)
・失敗から生まれた
・価格以上の価値を有する
※28㎝で12,000円(税別) 今でも品薄気味で40,000円で販売している通販もある。
新潟県の魔法瓶工場の挑戦:株式会社セブンセブン「SUS gallery」
セブンセブンは新潟県燕市にあるステンレス製品を作る工場。魔法瓶を国内で一貫生産できる唯一の会社でもあった。時はリーマンショック前、素材価格の高騰にともない、市場のステンレス離れを危惧し、ステンレス製品を訴求する目的で、都内にギャラリーを創設、キッチン用品や花器などを展示し、消費者に直接豊かな生活提案をしていた。
そんな矢先、リーマンショックに見舞われる。市場の冷え込みに、ギャラリーの縮小も余儀なくされ、一時は撤退も検討されるなか、ギャラリーにたった一人残された女性デザイナーが運営から経理まですべてを担いながら、「この技術を用いれば、何かできるはず、世の中にないものを世界に」とチタン真空二重構造の商品開発へ乗り出す。
何度も工場に通っては試作を繰り返した中で、ある日工場のゴミ箱に捨てられていた歪に光る失敗作のカップに目が留まる。工場の担当に聞いてみると、同じ規格にならないので失敗作とのこと。確かに量産の中では製品の上がりが異なるのはタブーだ。しかし、彼女は歪に乱反射するチタンの表面加工が味わい深く、陶器のように微妙に表情が異なっているところに着目した。素材がチタンなので、軽くて丈夫。魔法瓶の技術でもある真空二重構造だから、持っても冷たさや熱さを直接感じることはない。テレビでやっていたがバーナーで熱しても中の氷が溶けない、また沸騰したお湯入れても素手で持てるほど。このような機能を持つ卓越した技術に加え、歪に乱反射するチタンの表面加工を施せるのは、ここセブン・セブンだけだ。
後にこの技術は国からも認められ、2010年、日本で開催されたAPECにおける乾杯のカップ、および参加20カ国の首脳への贈答品として選ばれ、2015年にはウィリアム王子来日の際の贈答品にもなった。今では世界が認める逸品になった。愛用者として一言。ビールは飲み干すまで冷たいままだ。日本酒の冷酒、ワインでも注いだ時の温度を保ってくれる。しかも結露しないのも魅力。製品開発ポイントは以下になる。
・魔法瓶一貫生産の技術とライン(経営資源)
・魔法瓶の技術を応用した用途開発(新たな用途開発)
・氷が溶けない真空二重構造の保温力(顧客の利益)
・手に持っても熱さ冷たさが伝わらない(顧客の利益)
・類似品がないオンリーワン(独自性と競争優位性)
・価格以上の価値を有する
※タンブラー(約φ7.6×H11.2cm)参考価格25,920円(税込)
さて、地域経済の中核をなす町工場は、下請けとしての受注が激減し、極めて厳しい経営環境に置かれている。町工場は自らの力で、商品開発から販路開拓まで一貫して行わなければならない時代となっている。下請け企業として進化させてきた技術を活かし、品質の高い製品を製造できる熟練職人による繊細な手作業も活かしながら、自社の経営資源をもう一度掘り起こしてみよう。
地域構想研究所では下半期から「新商品開発室」を設立する。食からプロダクトまで、連携自治体と協力して付加価値の高い新商品開発を推進する。支援セミナー、流通とアライアンス、マッチング商談会、開発事例情報発信など定例化していく計画である。詳しくは研究所HPで後日発信する。