インバウンド(訪日外国人)振興は、地域創生の有力な手段として期待されていた。しかし、近年ではインバウンド頼りの地域創生の問題点も明らかになってきている。我々は、いわゆる「観光立国」戦略を見直してみる時期に差し掛かっているようだ。そこで、この問題を考える一助として、経済学の諸概念をインバウンド問題に適用してみた。
価格効果と所得効果
インバウンドは急速に拡大してきた。訪日外国人旅客数は、2012年までは1000万人以下だったのだが、2015年に2000万人、2018年に3000万人を超えた。2025年は11月までの累計で3907万人で、すでに2025年の年間実績(3687万人)を上回っており、年間で4000万人を超えるのは確実である。
経済学的には、インバウンドが増えているということは、日本における「観光というサービス」の生産及び需要が増えているということである。このように、ある財またはサービスに対する需要が増えたとすると、経済学的には二つの理由が考えられる。一つは、需要者側の所得が増えることである。所得が増えると、財・サービスの売れ行きも増える。これを「所得効果」と呼ぶ。もう一つは、価格が下がることである。ある財・サービスの価格が下がると、それまで「高いから買わない」と考えていた人も、その財・サービスを買うようになる。これは「価格効果」と呼ばれる。
では、日本の観光サービスの需要が増えたのはどちらの理由によるものだろうか。私は圧倒的に価格効果だと考えている。日本へのインバウンドが増えたのは2013年頃からだが、円の対ドルレートの推移を見ると、2012年には1ドル80円程度だったのが、2017年には110円、2022年132円、2023年141円となり、本稿執筆時点(2026年1月7日)では157円である。なんと円の価値は約半分になっているのである。海外から見れば、日本への旅行費用が約半分になったということである。
私は、このような円安はいずれ是正されると考えているのだが、それが正しいとすると、今度は日本への旅行費用がどんどん高くなっていくので、インバウンドもかなり減っていくのではないかと思っている。
重要なのは付加価値
経済学では、国民が生産活動から生み出すものとしては「付加価値」が重要だとする。付加価値は、生産者がどれだけ価値を付け加えたかを示す。例えば、売り上げが100万円あった時、賃金以外のコストが80万円かかっていたとすると、残りの20万円が付加価値である。この20万円から従業員への賃金が支払われ、企業の利益が出る。つまり、所得を生み出すのは付加価値だけである。
ところがインバウンドのことを考えると、その生産が「人数」で示されることが多い。政府のインバウンドについての政策目標も、2030年までに訪日外国人観光客数6000万人となっている。しかし、人数が増えれば、それに比例して付加価値が増えるわけではない。団体客で大量の旅行客を受け入れれば、単価が低いので、人数の割には付加価値は産み出せない。個人の単価の高い旅行客を引き付けることが出来れば、人数は増えなくても付加価値は増える。いずれにせよ、人数を中心にインバウンドの経済的影響を測るのはあまりお勧めできない。
オーバーツーリズムと外部経済・不経済
経済学では、「自由な市場取引こそが効率的な資源配分をもたらすのであり、政府が経済活動に介入するのはできるだけ避けた方が良い」ということを学ぶ。ところが、観光サービスについては、政府は税金も投入して熱心にその振興を図っている。しかし、鉄鋼業や自動車産業に税金を投入したという話は聞かない。どうして観光サービスには税金を使っても許されるのだろうか。
そこで、外部経済と外部不経済ということを考える。外部経済というのは、取引の当事者以外にプラスの影響がある場合である。多くの人が読み書き、算数を学習すると、経済社会全体がうまく回るようになる。関係のない人にもプラスの影響があるわけだ。逆に、取引の当事者以外の人にマイナスの影響が及ぶのが外部不経済である。典型的な例が公害だ。工場からの排気ガスで空気が汚染されると、その工場とは全く取引のない人にまで迷惑が及ぶ。
観光サービスの振興に税金を投入するのが許されるのは、観光サービスには「海外の人が日本に抱くイメージを良くし、国際関係を改善する」という外部効果があるから、というのが私の解釈である。
逆に、最近指摘されるようになったオーバーツーリズムという現象は、観光サービスが産む外部不経済だと解釈できる。海外からの観光客が押しかけて、観光地が混雑して質が低下したり、日本人が行かなくなったりするのはインバウンドに関係しない人に及ぶ負の影響となる。
経済学では、外部不経済には課税で対応せよと教えている。外部不経済を伴う財・サービスの生産物に課税して、生産のレベルを落とすのである。オーバーツーリズムに悩む自治体が宿泊税を導入したりしているのがそれである。
以上の検討からは「為替レートの変動次第ではインバウンドが急減することもあり得るので注意しよう」「インバウンドの数ではなく、インバウンドが産み出す付加価値に注目しよう」「オーバーツーリズムには課税で対応しよう」ということが導かれる。他にも経済学から考えられることはありそうだが、今回はこの程度にしておこう。


