女性の視点からの地域創生

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
小峰 隆夫

6月に内閣府から「2025年版男女共同参画白書」が発表された。私は、1969年から2001年にかけて政府で仕事をしていたのだが、この間、何度も「経済白書」作りに参画した経験がある。このため、政府作成の白書には特別の思い入れがあり、関心領域が取り上げられているものはできるだけ目を通すようにしている。今年の男女共同参画白書は「男女共同参画の視点から見た魅力ある地域づくり」がテーマになっているので、早速読んでみた。
「男女共同参画と地域」「女性と地域」というテーマは、近年の地域創生論議の中でしばしば取り上げられるようになってきている。この白書では、この点について大きな二つの問題意識があるようだ。
一つは、若い女性が地方から都市へ転出する傾向が強くなっており、これが地方からの人口流出につながっているということである。白書では大都市圏への人口流入について、男女ともに就学、就職の際の移動が多いのだが、男性に比べて女性の方が一旦流入した大都市圏からの流出が少ないことなどを詳しく説明している。
もう一つは、男性よりもより多くの女性が都市圏に流出することによって、地域によって男女別人口の不均衡が発生し、これが未婚化や少子化の要因の一つになっているということである。この点についても白書は、人口全体の男女比には地域別の大きな偏りはみられないが、20~34歳の人口については、都道府県間で男女比に大きな差があることなどを説明している。
こうした指摘はいずれも正しいのだが、私は、「女性も男性並みに地元にとどまることが望ましい」「男女とも地元で結婚することが望ましい」という空気を感じてしまい、かすかに違和感を感じる。
この「女性と地域創生」についての私の考えは次のようなものだ。私の専門は経済分析なのだが、経済分野では企業活動への男女共同参画がしばしば議論になる。日本では企業活動への女性の参画はまだまだ不十分であり、例えば、他の先進諸国と比較してみると、就業者に占める女性の比率については大きな差はないのだが、管理職に占める比率をみると、諸外国ではおおむね30%以上であるのに対して、日本は14.6%(2023年)とかなり低い。
そこで誰もが「企業活動における女性の進出度合いを高めるべきだ」と言うのだが、問題は「企業内で女性がもっと活躍するようになると、企業の業績は上がるのか」ということだ。企業は収益を上げないと話にならないから、仮に「女性が活躍するようになっても業績に変化はない」または「かえって業績が下がった」というのでは、女性の参画に企業が積極的になるわけがない。また、企業は常に利益の最大化を考えているはずだから、もし「女性が参画した方が企業の業績が上がる」ということなのであれば、多くの企業がとっくにそうしているはずである。
この点については、かなり昔になるが私も実証分析に参画したことがある。日本経済研究センターでは、2007~2008年に、「明日への人的資本研究会」(主査は私)を組織し、「人を育て、質を高める」ことの重要性を分析したことがある。その成果は「明日への日本をつくる人的資本」(2008年2月、残念ながら日本経済研究センターの会員限定)という報告書にまとめられている。
この研究会では、次のような分析をしている。まず、企業へのアンケート調査によって、「今後の採用政策として女性の雇用比率を高めていくかどうか」「正社員、非正規社員に占める女性比率」「女性の新規採用数(高卒、大学卒、大学院卒別)」などを尋ねる。次に、回答企業の財務諸表からROA(資産収益率:企業の収益性を示す指標)、トービンのQ(負債と時価総額の合計を総資産で割ったもので、市場が当該企業の将来性をどう評価しているかを示す指標)などの指標を調べる。そして、企業の女性活用度合いと企業収益がどう相関しているかを分析するのである。その分析からは、女性を正社員として早くから雇用し、女性雇用比率が高い企業ほど収益性が高く、将来性も高く評価されているという結果が得られた。
ただし、その理由はこの分析だけでは分からない。可能性としては、「女性の視点を生かした商品・サービス設計が可能になる」「女性が元気に働いている企業には、優秀な女性が集まってくる」といったことが考えられる。当時の私は、女性が活躍している企業は、要するに働く環境が良いのだから、女性以外の従業員も生き生きと働いている度合いが高いのではないかと考えていた。
同じことは地域と女性の関係についても言えそうだ。女性が活躍している地域は、活力があり成長性が高い地域である可能性が高い。それは、女性が活躍することが直接的に地域を活性化するということだけではない。女性の活躍度合いは、地域で多様な人材が活躍できるかどうかを示す代理変数なのであり、女性が活躍している地域は、多様な人材が集まり元気に活動している地域なのではないか。
近年、女性の視点から地域問題を考えようとする動きが強まっていることは大変結構なことだと思う。ただ、せっかく女性の視点を取り入れるのであれば、「女性が地域から出て行ってしまうと人口が減って困る」「地方部で結婚相手がいなくなってしまう」という狭い視野ではなく、「女性が活躍できるような地域を目指せば、女性以外の多くの人も活躍できる地域になるのではないか」というおおらかな視野で考えてみてはどうだろうか。
なお、この白書では、かなりのスペースを使って、地方における女性に対するアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」についても取り上げているので、いずれ機会があれば紹介することにしよう。

2025.07.15