ますます厳しい出生動向

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
小峰 隆夫

6月初めに厚生労働省の「2024年の人口動態統計」が発表された。その結果は新聞やテレビのニュースでも大きく取り上げられたのでご存知の方も多いはずだ。私はかねてより人口問題に高い関心を持っているので、こういう重要統計が発表されると、新聞記事をチェックしたり、発表資料の原典をダウンロードして重要な部分を資料として保存するなど、結構忙しいことになる。本稿では、この統計で明らかになったこと、またこの統計を報じる新聞報道の中で気になったことなどを取り上げてみたい。
まず、今回明らかになったファクトを整理しておくと、主なポイントは次のようなことになる。
第1は、出生数(日本で生まれた日本人の子ども数)がさらに減少したことだ。2024年の出生数は68.6万人で、統計がある1899年以降で過去最少であった。通常、標準的な人口予測として参照されるのは、国立社会保障・人口問題研究所(以下社人研)の「日本の将来推計人口(2023年推計)」の出生・死亡中位推計である。この社人研の推計でも出生数の減少が見込まれているのだが、それでも68万人台まで減少するのは2044年と見込まれている(2044年で68.3万人)。つまり、標準的な想定に比べて現実の少子化(出生数の減少)は約20年も速まっているのだ。
第2は、合計特殊出生率(一人の女性が一生の間に産む平均的な子供数、以下出生率)がさらに低下したことだ。2024年の出生率は1.15で、これも統計が存在する1947年以降で過去最低であった。出生率にはいくつかの目安となるレベルがあるが、その一つが2.07という人口の置き換え水準である。出生率がこの置き換え水準以上であれば、人口は減らない。逆に出生率がこれ以下であれば、いくら頑張っても人口は減少する。今回判明した1.15というレベルは、この置き換え水準を大きく下回っている。つまり、日本の人口は確実に「人口減少コース」に乗っているのである。
第3は、婚姻数が低水準だったことだ。2024年の婚姻数は、48.5万人で前年より2.2%増えた。日本では未婚状態での出産(嫡出子)の比率は極めて低いから(2023年で2.5%)、婚姻数の増減はそのまま出生数の増減につながる。若干増えたとは言え、コロナ前の2017~2020年頃は年間60万件程度で推移していたことを考えると、このレベルはまだ低い。この婚姻件数の低下については、「コロナ危機による一過性のものだ」という短期収束説と、「そもそも結婚するつもりのない若者が増えたからだ」という長期構造変化説があったのだが、今夏の結果を見ると、構造変化説に軍配が上がりそうである。
以上が主な結果だが、次に、この統計の発表を報じる記事や、各方面から出た反応の中で、私が気になったことを指摘しておこう。
その一つは、「少子化に歯止めがかかっていない」という反応である。この点については、石破総理が「少子化に歯止めがかかっていない状況を重く受け止めなければなりません」と発言している(6月6日の第5回こども政策推進会議で)。出生数も、出生率も下がり続けているのだから「少子化に歯止めがかかっていない」ことは間違いない。私が良く分からないのは、ではどんな状態になれば「歯止めがかかった」と言えるのかということだ。
私なりに整理してみると、これにはいくつかの段階がある。第1の最も緩いのが「出生率の低下が止まる」という段階だ。私見では、これは頑張れば可能だと思う。しかし、もともと低い出生率が多少反転したとしても少子化傾向に大きな変化はないから、あまり評価できないだろう。
第2は「出生数の減少が止まる」段階だ。この実現はかなり厳しい。出生数は、出生率と子供を産むことのできる女性の数で決まる。出生率が多少上昇しても、今後、出産可能な女性の数が減っていくので、出生数が下げ止まるのはかなり難しいのである。
第3は、「人口減少が止まる」段階だ。これはほとんど不可能である。人口減少が止まるためには、死亡数より出生数が多くなければならない。ところが、高齢化の影響で死亡者数は出生者数よりかなり多い。2024年の出生者は前述のように68.6万人なのだが、死亡者は160.5万人である。出生者数が今後増えたとしても、このギャップ(91.9万人)を埋めるのはほとんど不可能なのである。
しばしば「少子化に歯止めをかける」ことが政策目標のように扱われていることがある。その場合、その政策を評価するという観点からも「歯止めをかける」とは何かを明確にした上で議論する必要がある。
さて、気になる点はまだあるのだが、紙数も限られてきたので、以下簡単に主な点を紹介しよう。たとえば、今回の報道で、政府は「2030年代に入るまでが少子化トレンドを反転するラストチャンスだ」と指摘しているという記事があった。これは、2030年代に入ると、若年人口が急激に減少するため、出生率が上昇しても子供を産む女性の数が減るので、人口減少は止まらなくなることを受けての指摘である。危機感を盛り上げようとする政府の意図は分かるのだが、ラストチャンスと言っておいて、30年代に入っても人口減少に歯止めがかからない場合は「ではもう何をしてもダメなのか」ということになってしまう。あまりラストチャンス論は出さない方がいいのではないか。
最後に政策との関係を考えよう。ある新聞は「抜本的な解決策が見いだせない中、少子化が加速度的に進んでいる」と書いていた。私は「抜本的な解決策がどこかにあって、その策を実行すれば少子化に歯止めがかかるという」考えそのものに疑問を感じる。私が関係している研究での試算によると、結婚したい人がすべて結婚し、産みたい子供をすべて産んだとしても、出生率は1.6にしかならない。政策で現実の出生率をこの希望出生率に近づけることは可能ではある。しかし、希望が全てかなえられても1.6なのだから、置き換え水準の2.07には程遠い。結局、我々は無理に人口減少に歯止めをかけようとするのではなく、人口減少を与件として、人口が減っても国民のウェルビーングが高まるような社会を目指すしかないという「スマートシュリンク」の考えに行きつくほかはないのである。

2025.06.16