人口減少下の地域経済を考える

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
小峰 隆夫

筆者は、地域構想研究所の研究レポートとして「人口が減ると経済は縮んでしまうのか」という論考を発表したことがある(2023年1月16日)。日本の人口は減少しているが、経済規模は縮小していないということを述べたものだ。
その後さらに考えを巡らせた上で、日本経済新聞の経済教室にも「人口減少前提に『賢く縮む』」という記事を書いた(2024年10月3日)。この中では、2010年以降、日本の人口は減っているが、マクロで見た経済は必ずしも縮小していないことを示し、人口減少と共存することによって、人々のウェルビーイングを高めて行くことは可能だということを示した。こうした「人口が減っても経済規模が縮小するとは限らない」という主張は、意外に多くの人の意表をついていたようで、かなりの反響があった。
そうした反響の一つとして、某県の統計担当部門のA氏から当地域構想研究所を通じて、「自分の県にとっても重要な点なので詳しく話を聞きたい」という希望があったので、実際にお会いして議論することにした。私は、「せっかく県の統計部局の方が来訪されるのであれば、人口減少と都道府県の経済規模との関係をもう少し調べておこう」と考え、都道府県別の経済データを精査してみることにした。
この時私が取り上げたのが「県民経済計算」のデータである。国のGDP(国民総生産)は新聞でも大きく取り上げられ誰もが知っているのだが、都道府県別のGDP(県内総生産)というものも作成されているのだ。残念ながらこちらの方は、新聞にもほとんど出ないし、あまり注目されていない。その理由はいくつか考えられるが、「発表が遅い」ということも影響していそうだ。この統計は、各都道府県が独自に作成しているので、全都道府県が揃うのにはかなりの時間がかかる。最新のデータは2021年度のものなのだが、これが発表されたのは2024年の10月である。どうしても「ずいぶん前の姿しかわからないのだな」ということになってしまうのだ。
それでも、「人口変化と経済」という長期的な問題を考えるには多少データが遅れても大きな影響はないだろうと考え、いろいろデータをいじっていると、次のようなことが分かってきた。
第1に、名目県内総生産は、2011~2021年度の間に全都道府県で増加している。「人口が減っても経済は縮まない」ということは各都道府県の名目総生産については成立しているわけだ。さらに、この間に人口減少が最も大きかった5県(秋田県、青森県、高知県、山形県、岩手県)と人口増加率が高かった5都県(東京都、沖縄県、神奈川県、埼玉県、愛知県)を比較してみると、人口減少県の平均増加率(ウェイトを考慮しない単純平均)は8.6%、人口増加都県の平均は11.3%となっている。人口増加都県の方が伸びが大きいが、減少県との差はそれほど大きいとは言えない。名目県内総生産は、県内で形成される付加価値の合計であり、これが地域における家計や企業の所得の源泉になるわけだから、人口が減っているからといって、経済活動から得られる便益が減って地域のウェルビーイングが低下すると悲観することはないと言える。
第2に、物価の影響を除いた実質県内総生産は、ばらつきはあるものの人口減少県ではマイナスの地域があり、総じて人口減少県より人口増加県の方が伸び率が高い。ただし、前述の人口減少県の平均は4.1%、増加都県は6.1%であり、それほど大きな差だとは言えない。
第3に、やや意外なことに、県民一人当たり生産性(実質)の伸び率は、人口減少県が14.2%であるのに対して、人口増加都県は2.9%であり、人口減少県の方がかなり高い。この結果から見る限りは、人口減少地域は、人口減少の負の影響を、生産性上昇の力で跳ね返す力がかなり大きいと言える。例えば、秋田県の場合は、人口が10.7%減少しており、これが実質県内総生産成長率に大きな負の圧力となっているのだが、生産性が14.1%も伸びているので、実質県内総生産は3.4%のプラスになっている。実質県内総生産が減少している県についても同じことが言える。例えば、青森県の場合は、人口が10.4%も減っているので、他の条件が変わらなければ実質県内総生産は10.4%減少してしまうのだが、生産性が6.5%上昇した(これは東京圏の生産性上昇率より高い)ので、実質県内総生産のマイナスが2.7%にとどまったということである。
第4に、一人当たりの県民所得の伸びもまた人口減少地域の方が高く、人口減少県の平均が16.5%、増加都県が8.6%となっている。これはかなりの差である。国全体としては、国民のウェルビーイングの指標としては、トータルのGDPよりも一人当たりGDPが適当である。同じことは地域についても当てはまるから、このことは人口減少地域においても、地域住民の平均的なウェルビーイングは損なわれることなく、むしろかなり高まっていることを示している。
私は、こうした結果をA氏に示していろいろ議論したのだが、議論すればするほど興味深い結果だということが分かってきた。そこで、ちょうど2月7日に大正大学で開催された「人口問題と地域の将来を考える」というシンポジウムで基調講演をすることになっていたので、この講演の中でこの計算結果を紹介してみた。すると、特に「人口減少地域ほど生産性の伸びが高い」という点にシンポジウム参加者の多くが強い関心を示した。これは「人口が減っている地域は経済も低迷しているだろう」という常識的な見方とはかなり異なっていたからだろう。
問題は「どうしてそうなっているか」である。この点は私にもまだ良く分からないのだが、仮説としては次のようなことが考えられる。
第1は、「経済活動はストックによって規定されている」という仮説だ。例えば、ある地域の産業の生産活動は、工場、機械、ノウハウ、農地などのストックによって決まると考える。ここで人口が減少したとしても、ストックはすぐには減らないから、経済活動は人口ほどには減らない。すると結果的に生産性が上昇することになる。
第2は、「火事場の馬鹿力だ」という仮説だ。人口減少地域では、当然ながら、人口増加地域よりも人手不足が深刻化する。その深刻度が強いほど「何とかしなければ」という必死度合いも強くなる。すると、限られた労働力で経済活動を維持しようとする力も強くなるから生産性上昇率も高くなるだろう。
第3は、「産業構造の差による」という仮説だ。人口が増えている大都市圏の中心産業はサービス業である。サービス業は基本的には人間がサービスを提供する場合が多いので、農業や製造業に比べて生産性が上がりにくい。生産性が上がりにくい分野で働く人が増えているので、全体としての生産性も上がりにくいということが考えられる。
第4は、「人口構造の差による」という仮説だ。人口減少地域では、社会減だけではなく自然減(出生数の減少と死亡者の増加による人口減少)もまた大きい。問題は、労働力の主な供給源である生産年齢人口(15歳から64歳)の減少にどう対応するかだが、日本全体では、これまでのところ女性や高齢男性の非正規雇用が増えてきたため、生産年齢人口が減っても労働力人口は増えてきた。人口減少地域でも同じことが起きているとすると、経済活動が非正規で維持される一方で人口が減り、結果的には人口一人当たりの生産性は上昇することになる。
考えていけばまだまだ仮説が出てくる可能性がある。読者の皆さんも是非考えてみて欲しい。

2025.02.17