地方創生1.0の反省点

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
小峰 隆夫

経済学には「ティンバーゲンの定理」というものがある。その中身は二つある。一つは「政策目標の数と政策手段の数を一致させる」ということであり、もう一つは「政策目的に対して最も効果のある政策手段を割り当る」というものだ。
二つ実現したいことがあれば、二つの対応が必要であり、その際にはそれぞれの目的に照らして、最も効率的な対応策二つを採用すべしということである。
例えば、試験に受かりたいし、体も丈夫でいたい」と思ったら、試験のための勉強をしっかりやると同時に、毎日適度な運動を心掛けるべきである。散歩しながらイヤホンで勉強すれば、試験にも受かるし、体にもいいだろうという安易な一石二鳥を考えたりすると、両方とも中途半端な効果しか得られないということである。
学生時代にこの定理を勉強した時には「何だか当たり前の話ではないか。これが定理になるなら、自分でも何か適当な定理を考え付きそうなものだが」と思ったりしたものだ。しかし、実際に社会に出て、経済分析、経済政策の立案に携わってみると、この定理の応用範囲は結構広いということが分かってきた。

私が最近になって、このティンバーゲンの定理を思い浮かべたのは、2014年から行われた地方創生が、この定理に反していたのではないかと考えたからである。それは次のようなことだ。
石破総理は地方創生にかなり力を入れている。「新しい地方経済・生活環境創生本部」を設け、「これまでの成果と反省を生かし、地方創生2.0として再起動させる」(施政方針演説)と述べている。確かに過去の反省は重要だ。
そこで2014年以降推進された地方創生(以下「地方創生1.0」)について振り返ってみよう。私はこの地方創生1.0の反省点は、地方創生という一つの政策手段で「地域の活性化」と「少子化対策」という二つの政策目標を実現しようとした、つまりティンバーゲンの定理に反することをやろうとしたことではないかと考えたのだ。
地方創生1.0では、各地方公共団体が、国のビジョンと戦略を勘案して、「地方版人口ビジョン」と「地方版総合戦略」を策定し、その総合戦略に基づいて、PDCAサイクル(計画⇒実行⇒評価⇒改善というサイクル)を稼働させるということであった。こうした筋書きに沿って各地方公共団体は、人口減を防ぐための政策を展開していった。子育て世帯への独自の支援策、地元への移住者の呼び寄せなどによる転出超過の抑制策などである。
一見するとこれはうまく行きそうに見える。各自治体が少子化対策を講じて、少子化が抑制されれば、日本全体でも少子化が抑制されるはずだ。また、各自治体が人口の流出を抑制すれば、結果的に大都市圏への人口集中も抑制され、地域経済は活性化するはずだ。しかし、この作戦はうまく行かなかった。地方経済の低迷は続いているし、少子化にも歯止めがかからない状態が続いている。私は、そもそも地方公共団体が少子化対策の主役になるというところに無理があったからだと考えている。
第1に、少子化対策は基本的には国の責務である。少子化対策のためには、まずは、子ども手当、保育の充実などの家族政策にお金を振り向ける必要があるが、これは社会保障関連経費の一部である。現状のままで家族関係予算を増やしていくと、ただでさえ高齢化で膨張しつつある社会保障経費がさらに拡大してしまう。すると、本当に必要なことは、高齢者向けの社会保障経費を合理化してそれを勤労者向けに振り向けることだということになる。それは国にしかできないことだ。
第2に、地方が人口減対策の前面に立つということは、地方自治体が自らの人口をコントロールできるということを前提にしていたわけだが、それはかなり難しいことだったのだ。例えば、地方部から大都市圏に人口が流出している大きな理由は、20歳代後半の人々が、より良い就職・就学の機会を求めて転出していくことである。これを、その自治体だけの力で抑制することは難しい。
第3に、地方が行う少子化対策は効率が悪い。例えば、多くの自治体は、少子化対策として子育て世帯の支援策を打ち出している。それによって子育て世帯を自地域に引き寄せることができれば、子供の数は増え、出生率は上昇する。しかし、その分移転元の自治体の人口、出生率は低下してしまう。いわゆる「ゼロサム・ゲーム」になる可能性が高いのである。
また、仮に子供の数が増えたとしても、その地域での就学、就職先の状況が変わらない限りは、就学・就職の際に他地域に流出してしまう可能性があるという状態は続くことになる。

このように考えてくると、少子化対策と地方創生をデカップリング(分離)し、国は責任を持って少子化対策を講じ、各地域は自らの創意を生かして地域経済の活性化を図るというのが、ティンバーゲンの定理に沿った適切な役割分担だと考えられる。

2024.12.16